認知症治療薬「アデュカヌマブ」承認見送りの背景と課題

認知症治療薬「アデュカヌマブ」の承認が見送りになりました。認知症の約半数を占めるアルツハイマー病の根本的治療法として期待されていた新薬は、なぜ承認されなかったのでしょうか。大学の研究室で認知症治療薬の基礎研究に取り組んでいる1人として、この背景と日本の課題について解説します。

認知症治療薬アデュカヌマブの承認が見送りに

認知症治療薬
根本的治療法の確立が切望されているアルツハイマー病。新薬の承認見送りの背景は?

認知症を引き起こすアルツハイマー病に対する新しい治療薬候補として申請されていた「アデュカヌマブ」(バイオジェン社とエーザイ社が共同開発)について、2021年12月22日に開催された厚生労働省の薬事・食品衛生審議会の専門家部会は、「現時点のデータでは有効性を明確に判断することは困難」として承認を見送る決定をしました。

2025年には700万人を超えると予測されている我が国の認知症患者のおよそ半数がアルツハイマー病を原因としており、根本的な治療法の確立が切望されていただけに、この知らせにがっかりした関係者は多いことと思います。大学の研究室で認知症治療薬の基礎研究に取り組んできた私も、その1人です。超高齢化社会が進行する我が国の大きな課題として、どう考えればいいのでしょうか。
 

認知症治療薬の現状とアデュカヌマブに寄せられていた期待

現在日本でアルツハイマー型認知症の治療に使うことができる薬は「ドネペジル」「ガランタミン」「リバスチグミン」「メマンチン」の4種類です。薬が効く原理や使い方などは少しずつ異なりますが、「対症薬」であるという点では同じです。

対症薬とは、病気そのものを治すのではなく、表れている症状を軽くする薬のことです。例えば、風邪をひいたときに解熱薬を飲むと、高熱が一時的に下がって体が楽にはなりますが、風邪そのものが治るわけではありません。最終的には、自分の免疫力で細菌やウイルスを退治できたときに治るのです。

それと同じで、今使えるアルツハイマー型認知症の治療薬は、患者さんや介護者の負担を減らすのに役立つものの、病気を根本的に治してくれるものではありません。おまけにアルツハイマー病は、自分の力で自然に治せるわけではないので、今苦しんでいる患者さんやご家族は、ゆっくりと病気が進行していくのをただ受け入れるしかないというのが現状です。

だからこそ、アデュカヌマブには大きな期待が寄せられていました。今回の申請がすんなりと認められなかったのはなぜでしょうか。
 

アデュカヌマブの承認が見送られた2つの理由・背景

第1に、アデュカヌマブは、先行して米国で審査されましたが、その過程で有効性や臨床試験の進め方に問題があると指摘され、大きな議論となったことが挙げられます。最終的に2021年6月に承認されたものの、イメージダウンは避けられなかったものと思われます。

第2に、アデュカヌマブは、アミロイドβタンパク(Aβ)という物質の働きを阻止することで病気の進行を食い止めることを狙った抗体医薬品です。Aβをターゲットとした薬は、世界中でこれまでに数えきれないほど作られ、患者さんに試験的に使用されてきましたが、確実に有効性を示せた前例がありません。また抗体医薬品は高価ですので、医療費の負担も考慮しなければなりません。少し効果がありそうだというだけでは、簡単に認めるのは難しかったことでしょう。

加えて、アデュカヌマブに限らず、現状の認知症治療薬の開発過程には、重要な視点が欠けていると私は思います。

実は現代の医薬の世界では「特定のガンならほぼ確実に治せる」ようになってきました。ガンにはさまざまな種類がありますが、それぞれ原因や成り立ちが違います。それらの特徴を徹底的に研究し、そのガンが持っている異常だけに特異的に効く薬がたくさん見つかり使用可能になっています。詳細な遺伝子診断等を通して、それぞれの患者さんがどういうタイプのガンにかかっているかが明確になれば、確実に効く薬を選んで使うというガイドラインが作られています。認知症の治療にも、同じような戦略が必要だと私は考えています。

アルツハイマー病にもたくさんの種類があって、アデュカヌマブが効く人と効かない人がいるはずです。診断技術の向上によって、その区別ができるようになれば、結果は違ってくるのではないでしょうか。

新薬を開発するための治験は、多くの患者さんやご家族の善意によって成り立っています。少しでも役に立てればという切なる願いに支えられて得られた結果を、単に「うまくいかなかった」で済ませるのは大変失礼なことです。多くの人の思いに少しでも報いるために、経験を次へ生かすべく、歩みを止めてはならないと私は思います。
 



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