「日本版に感動」バズ・ラーマン監督が太鼓判を押す『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』の軌跡

2001年に公開され、絢爛豪華なビジュアルと「マッシュアップ」された音楽が話題をさらった映画『ムーラン・ルージュ』の舞台版が、ついに日本で開幕。本作の生みの親であるバズ・ラーマン監督が、来日を機に作品誕生から舞台化までの軌跡、そして日本版の印象を語りました。

バズ・ラーマン | オーストラリア出身。ナショナル・インスティテュート・オブ・ドラマティック・アートで学び、在学中に仲間たちと初演した舞台『Strictly Ballroom』を1992年に映画化(公開タイトルは『ダンシング・ヒーロー』)。これが世界的にヒットし、『ロミオ+ジュリエット』『ムーラン・ルージュ』『オーストラリア』『華麗なるギャツビー』『エルヴィス』と話題作を生み出している

6月24日のプレビュー開幕以来、絢爛豪華なビジュアルとパワフルなパフォーマンスが連日、SNSでも話題の『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』。この作品の“生みの親”と言えるのが、原作映画を手掛けたバズ・ラーマン監督です。
 

2001年に公開された映画版は、主演のニコール・キッドマン、ユアン・マクレガーの歌声がふんだんに聴ける!と話題を呼んで大ヒット。2002年のゴールデングローブ賞最優秀映画作品賞(ミュージカル・コメディー部門)など各賞も受賞し、2019年、ブロードウェイで待望の舞台版が開幕しました。
 

ラーマン監督は本作をどんな意図で創り上げ、また舞台版にはどう関わっているのか。そして日本版の印象は? 開幕に合わせ、来日した彼に聞きました。

『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』写真提供:東宝演劇部

ミュージカル映画を“再発明”したい一心で『ムーラン・ルージュ』に着手

前作の『ロミオ+ジュリエット』(1996年)では、中世イタリアの物語を現代に移し、レオナルド・ディカプリオ主演で生き生きとシェイクスピア劇を映画化したラーマン監督。次の作品に着手するにあたり、彼はひとつの、固い決意を抱いていたと言います。
 

「新作に取りかかったのは1990年代後半でしたが、それにあたって、僕が主要な目標に据えていたのが“ミュージカル映画を再発明する”……、その存在をよみがえらせる、ということでした。
 

僕は子どもの頃、ミュージカル映画をよく見て育ち、大好きでしたが、90年代後半の当時、ミュージカル映画はクールじゃないものと思われていました。まったくもってイン(流行っている状態)ではない、と。それを再びクールな存在とすることが私のミッションだととらえ、ベストを尽くしたのです」

『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』写真提供:東宝演劇部

根底にあるのは“オルフェウス神話”

19世紀末、パリのナイトクラブ「ムーラン・ルージュ」を舞台に燃え上がる、作家志望の青年クリスチャンとナイトクラブのスター、サティーンの恋。エミール・ゾラの小説『ナナ』やオペラ『ラ・ボエーム』『椿姫』の影響を受けつつ、監督が盟友クレイグ・ピアースと共同で書きあげた脚本は、美しいラブストーリーであるだけでなく、自由でクリエイティブなライフスタイルへの憧憬(しょうけい)、性的搾取の問題など、さまざまな要素を内包しています。
 

「その根底にあるのは“オルフェウス神話”です。オルフェウスは才能ある歌い手でしたが、完璧な愛を求め、冥界へと旅しました。(そこでいったんは亡き妻を連れ帰ることになるものの、冥界の王ハデスの言葉に背いてあと少しというところで振り向き、永遠に彼女を失ってしまう。)若者は美しき理想主義に衝き動かされ、ロマンチックな至上の恋を経験するが、それが悲劇的に終わり、(人間的に)成長するのです」

『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』写真提供:東宝演劇部

“マッシュアップ”ミュージカルの誕生はエルトン・ジョンのおかげ!?

このストーリーをミュージカル映画として“クールに”表現するため、監督はクラシック音楽から当時の最新ポップスまで、幅広い音楽を採用。しかも、複数の楽曲を重ね合わせて一つの曲とする“マッシュアップ”という技法を駆使し、めくるめく音の洪水で人々を驚かせました。
 
「例えば中盤で、クリスチャンがサティーンに愛を語るシーン『Elephant Love Medley』は、もともと一曲だけで表現しようと思っていました。けれど、(彼の熱情を)どうしても一曲では表現しきれない。であれば、クリスチャンは言葉を発する時、素晴らしい表現が口を突かずにはいられないという設定なので、あの曲、この曲から当意即妙のフレーズをちょっとずつ歌うのはどうだろう、というアイデアを思いつき、あちこちからフレーズを切り抜いて、ジグソーパズルのようにまとめあげていったのです」
 
数十曲ものヒット曲が入れ替わり立ち代わり耳を楽しませる中でも、繰り返し登場するのが、エルトン・ジョンの『ユア・ソング』。シンプルで優しい曲調が純朴なクリスチャンにマッチし、本作のテーマソング的に聞こえます。
 
「『ユア・ソング』は最初に選んだ曲の一つで、本作の“マッシュアップ”を成功させる突破口になった曲でもあります。
 
というのは、今でこそマッシュアップは人気の手法で、音楽出版社も“お金になる”と歓迎しますが(笑)、当時の彼らは信じられないほど著作権にうるさく、僕らのアイデアを聞きたがらなかった。でも(僕が住む)オーストラリアからイギリスに飛んでいってエルトン・ジョンに説明したら、彼はたちどころにコンセプトを理解し、“それは素晴らしいアイデアだよ”と賛成してくれたんです。エルトンが賛同者のリーダーのようになってくれたおかげで、デヴィッド・ボウイら、他のアーティストに会いに行った時にも快諾してもらえました。
 
冒頭には“The hills are alive~”という、ミュージカル好きの皆さんならよくご存じのフレーズが登場しますが、このワンフレーズについても、ミュージカルにはグランド・ライツという(演劇的に音楽を演奏する)権利があるというので、ハマースタイン(作詞家)のご家族に説明しに行き、(このワンフレーズがここで登場することが)魅力的なアイデアだと納得していただきました。
 
本作が成功したことで、業界では俄然、マッシュアップが好意的に受け止められるようになり、それは舞台化にも非常に役立ちましたね」

『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』写真提供:東宝演劇部

“父”ではなく“叔父”として舞台版の誕生をサポート

映画版を作っていた時から、舞台化は自分の手で実現しようと思っていた、という監督。だが時間が経つにつれ、思いは変わっていったのだそう。
 

「映画を撮った時の僕は38歳。それからあっという間に時が過ぎ、当時の僕には戻れないと思い、それなら自分は他のことをやって、本作については若いクリエイターたちに道を譲り、彼らをサポートするほうがいいと思ったのです」
 

演出のアレックス・ティンバースら、若きクリエイティブ・チームははじめ、本作の“父”であるラーマン監督に対して遠慮がちだったと言います。
 

「曲を新たに加えたい、と言い出しづらかったようです。話し合ってみて、かつて自分がビジョンを持ち、それを実現しようとした時のように、アレックスたちを応援しなければと思いました。結果的にレディ・ガガの『バッド・ロマンス』を取り入れるなど、彼らは力強く、攻めた選曲をしていて、とてもうれしかったですね」

『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』写真提供:東宝演劇部

こうして舞台版の“叔父”となったラーマン監督は2019年、ブロードウェイで開幕した舞台版を「不思議な感覚」と共に鑑賞。その不思議さは以後、各国版を観てもついてまわると言います。
 

「自分が書いたストーリーなのに、舞台版を観ていると、“次に何が起こるんだろう”と思ってしまうんです(笑)。2幕冒頭も素晴らしいシーンですし、終盤の悲劇にも引き込まれます。それに対するクリスチャンの受け止め方も気に入っています。舞台版は映画版よりリアルで芝居味が濃く、かつエッジ―な仕上がりになっていると思います」
 

そしてこの度開幕したのが、日本版プロダクション。監督は5月にも稽古見学のため来日したほど、並々ならぬ関心を抱いていたのだそう。
 

「日本の文化はどの分野も抗いがたい魅力があると感じていますが、ミュージカルは日本では“必然的結論”ではなく、まだ比較的新しいテリトリーであるように感じます。僕らの作品がこの地でどんな風に上演されるのか、非常に興味がありました。
 

稽古場では、皆さんと十分にお話する時間はありませんでしたが、そこが日本でよくある“礼儀正しさに満ちた空間”ではなく、情熱とエネルギーに満ちた空間であったことが非常に印象的でした」

『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』写真提供:東宝演劇部

日本ならではの“若さの喪失”に対する感性 

取材の前夜にゲネプロを鑑賞した、という監督。
 

「昨晩観た舞台では、ロマンティックな愛の喪失という悲劇を、俳優たちが非常に美しく表現していました。決して一般化したいわけではないのですが、各国で本作を観ていると、国によってそれぞれの良さがあると感じます。英国版では楽しさが前面に出ていますが、日本版では悲劇味が傑出しているので、観客は存分に感情を揺さぶられるのではないでしょうか。
 

なぜ悲劇味が強いのか。シリアスな国民性もあるのかもしれませんが、僕はその背景として、日本人の“若さの喪失”に対する感性が影響しているのではないかと、これまでに経験した、さまざまな事柄を踏まえて感じます。若さのただなかにあるということ。若さを諦めるということ。日本では、両者の間に強固な境界線があるようです。これは僕だけが感じているわけではなく、(海外で)よく話題になっています。
 

日本版ではメインキャラクターがダブルキャストということで、組み合わせによってニュアンスが変わってくるのも面白いと思いました。昨晩観たショーマ(甲斐翔真さん)のクリスチャンは少年の雰囲気を帯びてとても無垢(むく)、対するアヤカ(平原綾香さん)のサティーンは美しく、素晴らしい歌声の持ち主で、クリスチャンよりも年上の雰囲気。(ダブルキャストの)ヨシオ(井上芳雄さん)、アヤコ(望海風斗さん)は持ち味が異なると思うので、彼らが演じる回ではまた微妙に違った味わいが生まれるのでは、と想像しています」
 


(取材後、ラーマン監督は井上さん・望海さん出演のプレビュー初日公演を観劇。カーテンコールに登壇し、興奮の面持ちでコメントしました)
 

“ユア・ソング”を担当する松任谷由実さんはじめ、名だたる日本のアーティストたちが訳詞を提供しているのも話題です。
 
「その点もうれしく思っています。ポップソングは国によって好みが分かれる傾向があるけれど、日本版では日本のアーティストたちが(訳詞というかたちで)加わっている。新鮮な感覚で聴いていただけると思います。

僕は昨日の舞台を観て、その美しさに心震えました。日本語は分からないけれど、周囲の観客が主人公たちに寄り添い、共感してくれていたことが伝わり、それも僕にとっては感動的でした。ぜひ皆さんにも、この舞台を観て、大いに楽しんでいただけたらと思います」
 

<公演情報>
ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』6月29日~8月31日(プレビュー 6月24日~28日)=帝国劇場
 

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