環境保護を訴える活動家が名画に異物を投げつける事件が相次いでいます。
2022年10月31日時点で、環境団体のメンバーが、イギリス・ロンドンのナショナル・ギャラリーでゴッホの『ひまわり』にトマトスープをかけたり、ドイツ・ポツダムのバルベリーニ美術館でモネの『積みわら』にマッシュポテトを投げたり、さらには、フェルメールの代表作『真珠の耳飾りの少女』に接触したり、名作ばかりを攻撃しています。
報道によれば「美しいものを汚すことに対する抗議」(※)のようですが、筆者は、環境問題は専門外のため、活動家たちの本当の意図は分かりません。仮にアート目線で考えると、飲食物を美術館に持ち込むことさえNGだし、世界に1つしかない名画が汚されるなんてあってはなりません。
しかし、日本ではあまり見る機会がありませんが、いまの世界のアート、いわゆる現代美術の作品や展覧会は、環境問題だけでなく、LGBTQ、民族問題や戦争といった、私たちがいま考えるべき問題をすでに含んでいることが多いのです。
そこで、アートと環境問題の関係性について、2022年3月まで大阪に拠点を置き、環境問題や自然を扱ったアート作品を制作・発表している「パトリック・ライドン」さんに話を聞きました。ライドンさんは、アートと環境問題をつなげる「City as Nature」を、パートナーのカン・スヒさんと運営しています。
「パフォーマンス・アートのようなアプローチで警鐘を鳴らしたのではないか」
――ライドンさんは、今回の「事件」をどう見ていますか?
ライドンさん(以下、ライドン):人間の価値観を変えるためには、感情に触れ、その人が何を大切にしているかを問い直す必要があります。健全な地球や環境の価値に比べれば、私たちのお金や地位、権威といった社会的価値は全く意味がありません。芸術作品に異物を投げつける活動家はアーティストではありませんが、彼らはパフォーマンス・アートのようなアプローチで私たちの感情に触れようとし、私たちに警鐘を鳴らしたのでしょう。
――ライドンさんの作品で、例えばハンバーガー(人工物)にキャベツの種(自然物)を植える、という人間と自然の関係性を問うようなものがありますよね。なぜアート作品にそのような問題意識を取り込むのでしょうか。
ライドン:この作品は、“価値”に対して問題提起をしています。一部の人は「土にハンバーガーを置くなんてもったいない」と思うでしょう。一方で、「ハンバーガーは土壌と一体化し、キャベツの成長に役立っている」と捉えることもできます。これは無駄なことではなく、自然における生と死のサイクルなのです。
例えば、國府理(こくふ・おさむ)というアーティストは、大気汚染を表現する作品として、展示空間で実際に自動車のエンジンをかけ、そこに溜まった一酸化炭素を吸って亡くなりました。彼は京都議定書に関連した作品を制作し、人間と機械、人間と自然の関係を表現し、いまもなお世界に影響を与え続けています。
このように作品やアーティストは、私たちの周りにある人間、動物、世界を構成する要素、宇宙といった環境問題を率直に表現しています。近ごろのアートは、この真理から遠ざかっている作品もありますが、本来アートは、人々に深い問い掛けをし、未来を考え直す手助けをするものなのです。
――拠点があった大阪で、ライドンさんは『Pocket Park』という小さな農園を作品に見立てて、実践的にアートと環境問題を結び付けていました。しかし、サポートしていた企業がその場所を駐車場にしてしまいましたよね。それは名作に異物を投げるのと同じようにアートと環境問題を考えることに等しいと思うのですが、ライドンさんはどう考えていますか。
ライドン:『Pocket Park』は、私たち人間と自然の関係性を表現した作品で、それがアートとしての価値を持っていました。植えられた40種類以上の木や植物からは酸素が生まれ、鳥や虫、ミツバチがやってきて、私たちもそこで取れた野菜や果物を食べることもできました。しかし、今日の企業における価値は「金銭的利益」です。私たちは「健全な地球環境」が必要な価値だと分かっていながらも、なぜかお金という価値の方が重要だと考えてしまう。それで利益のない『Pocket Park』は、お金の儲かる駐車場になってしまいました。
大阪ではそのような結果になりましたが、このアイデアの続きは、2023年に行われる「ソウル建築都市ビエンナーレ」で発表します。私だけではなく、世界中のアーティストやデザイナー、ミュージシャンが、私たちと同じ方向を向き始めています。みなさんも、私たちの環境や価値を見つめ直してみてほしいと思っています。
ライドンさんの話にもあったように、私たちはアートを通じて、環境問題(あるいは、いま私たちが抱えているさまざまな問題)を知り、考えることができます。今回の事件を、ただ「名作を攻撃して」「なんてことをするの!?」だけで片付けてしまうのはもったいない。これを機会に、世界のアート作品やアーティストに目を向けて、身近な私たちの問題を考え直してみませんか。
【参考】
※:2022年11月4日、CNN(https://www.cnn.co.jp/style/arts/35195568.html)
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