「FIRE」という言葉をご存じでしょうか?
これは「Financial Independence, Retire Early(経済的自立と早期退職)」を略した言葉で、近年欧米の20代~30代の若者の間でムーブメントとなっている生き方です。
従来の早期リタイアメントとは異なり、ある程度の貯蓄を投資資本として増やしながら使っていくことで、経済的自立を目指します。
FIREを成功させるにはいくつかのルールがあるとされていますが、その中でも代表的なものが以下の2つです。
- 早期リタイアに必要な資金は、リタイア後の年間支出額の25倍
- 早期リタイア後の生活費は、早期リタイア開始時の資金の4%以下に収める
たとえば、毎月の生活費が15万円の人がそのままFIREするために、このルールに則って資金の準備とFIRE後の生活費を考えると、
●FIREするために必要な資金
15万×12カ月×25倍=4500万円
●FIRE後の生活費
4500万円×4%=180万円(月15万円)
となります。
ただし、FIRE後も働いて生活費の半額分の収入を得る場合は、必要な資金は上記金額の半分である2250万円に、貯蓄などから取り崩す生活費も半額の7万5000円になります。
しかし、本当にこれだけの資金がないと、FIREは難しいのでしょうか?
今回は、FIREに憧れる23歳の男性を例にとり、FIREを開始するには実際どのくらいの資金があればよいのか、シミュレーションを行ってみました。
前提条件
- 23歳男性(都内大手メーカー勤務2年目)
- 年収420万円(うちボーナス120万円)
- 都内在住/家賃8万円
- 毎月の生活費:9万円
- 奨学金返済:1万2000円(完済時期:2034年3月)
- 現在の貯蓄:130万円
- 今年から月2万円をつみたてNISAに投資し始めた
●将来の希望
- 一部上場企業に入社したが、あまり働く意欲や出世欲などもない。「FIRE(Financial Independence, Retire Early)」という生き方を知り、自分も目指したいと思った
- 結婚にも興味がなく、できれば35歳、遅くとも40歳にはFIREを開始したい
●FIRE後の生活について
- 出身地である高知県に戻り、生活費の半分(月7万5000円)を稼ぎながら海の側でのんびり暮らしたい
- 住む家は賃貸であれば家賃月6万円くらい。購入する場合は、予算1500万円を想定(住宅ローンは利用しない)
- 自宅を購入する場合、購入後30年で大きめのリフォームを行う(予算500万円)
- Uターン後は車を購入(予算100万円)。以降80歳まで15年ごとに予算100万円で買い替えを行う
35歳でFIREを実行する場合
35歳でFIREを開始すると、手元にある貯蓄と投資資本として2423万円が用意できる想定です。
この金額を元手に、月6万円の賃貸で暮らした場合と、現金1500万円で自宅を購入した場合を比較してみましょう。
■FIRE開始後、賃貸で暮らし続けた場合
賃貸で暮らし続けた場合、FIRE開始から22年後の57歳の時に資金がショート。その後も資産は減り続け、65歳時点で-805万円、85歳時点では-2193万円となります。
100歳時点の資産のマイナスは、-2958万円にまで達します。
■FIRE開始後、現金1500万円で自宅を購入した場合
それでは、現金1500万円で自宅を購入しFIREを開始した場合を見てみましょう。
額は少ないものの、賃貸で暮らした場合と同様に年間の収支は、64歳までずっとマイナスが続きます。
金融資産は、賃貸の場合より早い56歳の時点でマイナスとなりますが、65歳以降は年金収入によって貯蓄ができる収支状態となるため、65歳時点で-756万円、85歳時点では-829万円となります。
いずれにせよ、35歳でFIREを開始した場合は将来の収支は厳しくなることが予想されます。老後にかかる医療費や介護費の費用によっては、資産のマイナス額が想定より大きくなる可能性も出てくるでしょう。
FIRE開始を5年遅らせると?
FIRE開始時期を40歳に遅らせた場合、FIRE実行時の資産は2960万円。
35歳でFIREを開始する場合より、500万円弱多い資産でFIRE開始となります。
FIRE開始後は資産は目減りしていき、65歳時点で489万円が手元に残っていることになります。70歳の時にリフォームで500万円の支出があり、72歳時には資産がマイナスとなりますが、それ以降資産は徐々に増えていき85歳時点では242万円、100歳時点では639万円になります。
老後の医療費や介護費用がいつ、どのくらい必要になるかによっては、資産がマイナスになる時期が前倒しされたり、マイナス額が増えたりすることもあり得ますが、35歳でFIREを行うよりも収支は安定しています。
なぜ、35歳でのFIREは失敗したのか
35歳時点で理論上はFIREが可能な額の資産があったにも関わらず、最終的な資産がマイナスになってしまったのはなぜなのでしょうか?
それは、FIREが成功する前提として「FIRE後も、資産全体が取り崩す額と同等、もしくは以上に増えていく」という考えがあるためです。
FIRE後に資産から取り崩す額は、FIRE開始時点の資産の4%相当と想定されています。つまり、預貯金を含めすべての資産で毎年4%以上の運用益を出す必要がある、ということになります。
しかし、日本の一般的な普通預金金利が年0.001%程度である現状を考えると、年4%の運用益を目指すよりもFIRE開始時の資産をもっと増やす、もしくはFIRE後の生活費や一時的な支出を見直す方が、容易かもしれません。
「FIRE」する上で判断すべき大事なポイント
できるだけ早いリタイアメントを目指すFIREですが、リタイアメント可能かどうかを考えるための判断基準が、日本の金融市場の状況と異なっています。
そのことをきちんと理解した上で、ご自身がFIRE開始までに用意できる資金と、希望するFIRE後の生活に必要な費用とのバランスを試算し、リタイアメント可能かどうかの判断を行う必要があります。
また、試算をする場合にもいくつものパターンでシミュレーションを行い、ある程度余裕のあるプランを立てるようにすると、より安心してリタイアメント後の生活を楽しむことができるのではないでしょうか。
ストレスの少ない生活を目指して行うFIREで、資金不足のストレスを抱えるのは本末転倒です。事前準備は慎重に行い、本当の意味で自由な生活を目指してはいかがでしょうか。
この記事を執筆したのは……
阿部倉弘子
MILIZE提携FPサテライト株式会社所属。大学卒業後、数年フリーターを経験。その後IT企業へ就職し、システム運用業務に従事。自身の保険相談や資産運用の相談を通じて、FPの持つ可能性と奥深さに興味を持ち2級FP技能士を取得する。2019年5月AFP認定。現在はIT企業に勤務する傍ら、どんな状況でもお金に振り回されない人生を歩むためのガイド役となるべく活動している。
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