古き良き時代の名物!?乱闘とは

自ら乱闘の中に飛び込んでいく姿が印象的だった「闘将」星野仙一(写真:アフロ)

近年のプロ野球ではほとんど見られなくなった乱闘劇。一時は「プロ野球の華」とも称され、人気が高いものでしたが……最近では両軍の選手がベンチから飛び出すこともまれに。

乱闘が激減した理由として挙げられるのが、球団の垣根を越えて練習する選手が増えてきたこと。かつてはライバルチームと合同で練習をするのはたとえ学生時代の先輩後輩の関係でもご法度。それだけに球団ごとにライバル意識が強かったとも言えます。

最近は侍ジャパンなど国際舞台で戦うということが増えたため、球団の垣根を越えやすいというのも乱闘が激減した要因のひとつ。それだけに今は数年に一度起こるかどうかというイレギュラーな出来事になりました。

しかし、やや下品でも見たくなるのがオールドプロ野球ファンの性。そこで歴代の名乱闘シーンをプレイバックします。
 

巨人VS中日(1987年6月11日)

“燃える男”星野仙一が監督として現場に復帰して最初の年。中日は星野監督の「打倒巨人」の大号令をもとに巨人戦には今まで以上に闘志を燃やすシーンが増えましたが、その中でも語り草となっているのが熊本藤崎台球場で行われたこの試合でした。

山倉和博の2ランなどで巨人が4点リードで迎えた7回裏、2アウトながらランナー2塁というチャンスで打席が回ってきたクロマティに中日のリリーフ投手・宮下昌己が投げた内角高めの直球がクロマティの背中に直撃。

コースとしては特別厳しいわけではありませんでしたが、死球を当てても帽子を取って謝罪しない宮下の態度に普段は温厚なクロマティも激怒。ヘルメットを叩きつけて「帽子を取れ!謝れ!」と言わんばかりのジェスチャーをしながら宮下に迫ると、そこから問答無用とばかりに右ストレート! これが宮下の顔面にクリーンヒットしたことで両軍入り乱れての大乱闘となりました。

自分のチームの投手が殴られたとあって、さすがに星野監督の怒りは頂点に。なだめに来た巨人監督の王貞治を突き飛ばし、拳を突き上げて猛抗議。パンチを決めた後のクロマティが制止され、蚊帳の外に置かれた後に乱闘の輪の中心にいたことで話題になりました。

ちなみにクロマティが宮下に右ストレートを浴びせた様子が「これぞストレートのお手本」として当時、写真を飾ったボクシングジムが多くあったそうです。プロのボクサーをも唸らせる渾身のパンチだったと言えるでしょう。
 

西武VSロッテ(1989年9月23日)

80年代のパ・リーグで無敵の強さを見せた西武。その中で4番を打ち主砲として活躍していた清原和博が乱闘の主役になったのがこの試合でした。

優勝争いが白熱する中で、この日の西武は序盤から打線が爆発。4回裏の時点で7対0とロッテを圧倒していました。普通に考えれば楽勝ムードだったのですが……。この回の2アウト、ランナー1、2塁という場面で打席が回ってきた清原に相手投手の平沼定晴が投じた初球が清原の左ひじに当たり死球に。

前の回に続いて連続本塁打を狙っていた清原はこの死球に激怒。持っていたバットを投げて平沼にぶつけると、これに激高した平沼が清原に迫ってきました。すると、清原は平沼に向かってヒップアタック! この攻撃に清原よりも小柄な平沼は倒れ込んでしまいました。

清原の攻撃に激怒したのがロッテナイン。助っ人外国人のディアズを先頭にベンチ総出で清原を囲い込み両軍入り乱れての乱闘になりました。

ちなみに清原はこの乱闘で退場処分はもちろん、バットを投げたことが問題視され、罰金30万円と出場停止2試合という重い処分が下りました。これで清原の連続試合出場記録はストップし、さらに首位争いをしていたチームは勢いを失い3位に転落して5連覇を逃すなど、その代償はあまりに大きなものでした。
 

ヤクルトVS阪神(1996年6月29日)

野村克也監督が提唱した「ID野球」で一気に強豪チームに変身したヤクルト。中でもID野球の申し子と称された古田敦也は冷静沈着なプレースタイルで知られていますが、実はかなりの武闘派キャラ。その片鱗が見えたのがこの試合でした。

古田の2本のタイムリーが効いて、7対4とリードして迎えた8回裏。阪神の嶋田哲也-山田勝彦のバッテリーは古田を抑えるために執拗に内角攻めを敢行します。それも初球から顔面スレスレのビーンボール。2球続けて同じコースに来たところで古田も怒りをあらわにしましたが、それでも阪神バッテリーはひるむことなく、3球目も同じ顔面に近いビーンボール。これでとうとう古田が激怒。バットを放り投げて投手・嶋田に迫りました。

ところが、古田が投げたバットが捕手の山田に当たったのが乱闘の発端に。自分にバットをぶつけられたことを怒った山田が古田に迫りましたが、これに古田が反応。左腕で山田の首をロックして投げるという大技を繰り出します。

この二人が倒れ込んだのをキッカケに両軍ベンチから選手たちが飛び出し乱闘スタート。中でも素早かったのがオマリー。古田が山田を投げた直後にはもう山田のすぐ後ろに位置して山田をロックして応戦するなど、助っ人外国人が暴れだしたら止まらないところを見せつけました。
 

ロッテVSオリックス(2007年7月17日)

乱闘の原因となるのは頭部近くへの死球がほとんど。たいていの場合はボールが当たってから打者がマウンドに向かっていくものですが……それにあてはまらないのがこのローズの蛮行でした。

38歳になっても衰え知らずの打棒を誇るローズを抑えるべく、ロッテはローズに対して厳しい内角攻めで対抗するように。思い通りのバッティングができないローズはこの内角攻めにいら立ちを見せて、冷静さを失ってしまいました。この日のローズの第2打席も初球からインコースの厳しいところ攻めるリードを見せました。

ただでさえイライラしていたローズはこの内角攻めが許せなかったのか、打席で砂をならすふりをして、ロッテの捕手、里崎智也にブーイング。これに里崎が反応すると、まもなくローズが里崎を押し倒して乱闘スタート。マウントポジションを取ったローズが里崎をボコボコに殴るシーンがテレビ中継で流されました。

ですが、これで終わらないのが里崎のすごいところ。殴打された直後の打席で里崎は決勝のホームランを放つなど、意地を見せました。
 

西武VSオリックス(2019年8月13日)

最後は記憶に新しい昨年の乱闘劇。西武は3点リードで迎えたものの、2アウトながら満塁のピンチに。ここで打席に立ったのが若月健矢。森脇亮介が投じた一球はなんと若月の体に当たり死球に。

抗議のためマウンドに詰め寄ったのですが、ここで飛び出したのが、オリックスの一塁ベースコーチを務める佐竹学コーチ。なんと若槻よりも先に森脇につかみかかり、乱闘が始まりました。

若い選手がいきり立っている時にこそ、本来ならコーチが止めるものなのですが、佐竹コースの場合は自ら現場に出向いてバトルしてしまうタイプ。

それが問題視され、この試合は佐竹コーチを退場に。これで警告試合となったのですが、この後も両軍のイライラは収まらず、その後、両軍の投手が1名ずつ退場し、1日での最多退場数のタイ記録が生まれました。
 

乱闘はグラウンドの華とは言うけれど……

いかがでしたか? プロ野球を彩るもう一つのサイドストーリーである乱闘。近年はほとんど見られなくなったうえ、スポーツマンシップに欠けることなのであまりオススメはできませんが、年に1度は見てみたい大立ち回り。

果たして来季はどんな大暴れがみられるのか、今から楽しみですね。