Jリーグを経ずにアジアやオセアニア、東欧に渡りプロ選手として活躍する日本人が多くいることは知っているだろうか。筆者である若手芸人カカロニ菅谷が知る、久保木優もその1人だ。彼が最初に進んだのは、あまり知られていないタイの下部リーグ。その道はあまりにも過酷だった。
 

1年目から出鼻をくじかれタイリーグの洗礼

久保木は東京ヴェルディのJrユース、ユースを経て国士舘大に進学したが、不遇の4年間を過ごす。その後の道に選んだのは、タイの3部リーグにあたるディビジョン2リーグ。たまたま受かったチームがそこだった。

クラブに合流するためタイに渡った久保木。しかし1週間も経たないうちに日本では考えられない苦難が立ちはだかった。久保木を評価していた監督が他チームに引き抜かれたことを理由に所属予定だったチャチュンサオFCから不当な契約破棄を言い渡されたのだ。タイリーグではよくあることだそう。早々に外国人失業者となった。しかしその後の波乱万丈のサッカー人生の序の口であることを久保木はまだ知らない。

当時タイ1部にはJリーグで活躍した選手が増えていた時期だったが、久保木のプレーしていた3部の環境は明らかに違った。所属できていない久保木はもちろん所属していた選手たちも、およそプロのアスリートとは思えないほど生活環境は悪く、時にドブ川で釣った魚を食べる生活だ。余談だが野犬や野猿に追いかけられたこともあるという。

チームを失った久保木は日本には帰らず、タイに残りジョギングや時に子供達に混ざってサッカーをしながら自主トレ。資金も尽きかけた半年後にテストを経て同じくディビジョン2のカスタムズユナイテッドの契約を勝ち取り、ゴール、アシストと目に見える活躍をした。

シーズン終了後に契約は満了。ルームシェアをしていた同部屋のチームメートがクビを切られてある日突然いなくなるようなことも度々あったので覚悟はしていたそうだ。
 

2年目にさらに痛感!日本とはかけ離れすぎた医療環境

2014年シーズンは同じくタイ3部のサムットサコンFCと契約。ただ、第2節の開始1分で負傷退場をする。直感で重傷であることを感じたのにも関わらず、クラブから勧められた病院では軽傷を強調。怪我が長引けば契約破棄も考えられるため、医者に従った。

しかし怪我は快方に向かわず「日本で治療を受けさせてほしい」と相談したが返答はNO。クラブとしても久保木という選手に期待しているからこそ、帰国せず早期復帰してほしいとの答えだった。ついには一度だけ試合に出場。もちろん動けず、その試合で久保木は契約を打ち切られた。

日本に帰ると医者からは前十字靭帯が切れているとの診断結果。タイの医者の診断はやはり大きく間違えていた。手術と1年近いリハビリが必要な大きなケガで普通なら引退などを考えそうなものの、治療を終えた久保木は再びタイに渡った。
 

3年目にリーグ得点王!昇格プレーオフも参加

リーグ得点王にもなったチャンチュリユナイテッド時代の久保木優


2015年シーズン、久保木のプレーを怪我する以前から評価していた監督がいる、タイ3部のチャンチュリユナイテッドのテストに受かり、契約。しかし、ケガの具合がよくなく、「治らないなら契約を打ち切る」との話もあがっていた。そんな中、13ヶ月ぶりに途中出場ながら復帰したのが第8節。出場時間10分で決勝ゴールを挙げ勝負強さを見せつけた。

この後も怪我と相談しながら徐々に出場時間を伸ばし続け、最終的にはリーグ得点王を獲得。チームとしてはプレーオフ圏内の2位以内を惜しくも逃す3位でフィニッシュ。この年も昇格のチャンスは得られなかったかに見えたが、2位チームにほんの少しではあるが不正が発覚。繰り上げ2位となったのだ。日本では考えられないとんでもない話である。

タイでは「昇格プレーオフ」といわれる入れ替え戦の注目度は非常に高い。選手やクラブのキャリアに大きく関わり、観客も3部チームの試合とは思えないほど熱狂的。審判も買収される。嘘みたいな本当の話だが、確かに片方のチームの選手だけが大量に退場してる試合が異常に多いのだ。先述の2位チームの不正も何かしら裏の力が働いたかもという噂がたつほどである。あまりにも極端なジャッジに観客の暴動に発展する試合もあったそう。久保木の所属するチャンチュリも審判買収の憂き目に遭い昇格を逃した。
 

4年目、やっとチャンスがきたと思ったら……

翌2016シーズン、久保木はその活躍が認められ2部リーグにあたるディビジョン1のナコンパトムユナイテッドに移籍することに。“個人昇格”したのだ。しかし喜びもつかの間、そのわずか30日後に不当解雇。とんでもない話である。やっと掴んだ上のカテゴリーでプレーできるチャンスを失った。
 

1年目のときに不当契約破棄されたチャチュンサオFCに入った4年目の久保木


折れそうな心を奮い立たせ、また新たなチームを探し練習参加する久保木に手を差し伸べたのが、4年前にタイに飛んで最初に契約、および不当契約破棄をしたチャチュンサオFC。なんの因果かこうして最初にプレーするはずだったチームに所属することになる。

しかし久保木はこのチームにも長く留まることはなかった。タイで挑戦を続ける中で、この環境で世界へのし上がるのは困難だと考えたのだ。そしてここからゴールで契約を勝ち取る久保木の流浪の海外生活が始まった。