野球界最大のスターに、ついに引退

引退会見を開いたシアトル・マリナーズのイチロー(写真:AFP/アフロ)


2019年3月21日、この日行われたMLB日本開幕シリーズの第2戦目の試合終了後、シアトル・マリナーズのイチローが現役引退を発表。1992年にオリックス・ブルーウェーブ(当時)に入団して以来、今季で28年目となるシーズンで現役生活に別れを告げることになりました。

THE PAGEのYoutubeチャンネルでも中継された記者会見は約1時間25分におよび、「貫いてきたことは?」という質問に対して「野球を愛したこと」と語るなどいかにもイチローらしいコメント。「後悔なんてあろうはずがない」と現役生活に悔いがないこと、そして長年支え続けてくれた妻の弓子さんへの感謝の言葉を述べました。

日米を通じて、これまで数々の功績を残してきたイチロー。そこで今回はイチローが魅せた名シーンを振り返ってみましょう。
 

名場面その1:NPBシーズン最多安打記録更新(1994年)

2年目までは二軍暮らしが続いていましたが、そんなイチローを見染めたのがこの年に監督に就任した仰木彬。監督のアイデアで登録名を本名の「鈴木一朗」ではなく「イチロー」に変更し、3年目のシーズンに臨みました。

すると、イチローは自身の代名詞ともいえる振り子打法で安打を量産。いきなりNPB新記録となる69試合連続出塁記録を作ると、9月14日には1950年に藤村富美男が樹立したNPBシーズン最多安打記録191本をあっさりと抜き去りました。

さらに9月20日の対ロッテ戦ではNPB史上初となるシーズン200本安打を達成。最終的に安打数は210本まで延び、シーズン終了後には史上最年少でリーグMVPまで獲得しました。
 

名場面その2:オールスターゲームで登板(1996年)

スター選手たちばかりの祭典ともいえるオールスターゲーム。イチローもオリックス時代は1994年から欠かさず出場していましたが、最も印象に残るシーンと言えば3度目の出場となったこの年の第2戦でしょう。

イチロー率いるパ・リーグが7対3と4点リードで迎えた9回裏。この回を投げていた西崎幸広がポンポンと2アウトを取ると、パ・リーグの指揮を執っていた仰木彬監督は投手交代を告げますが……その投手とは普段は外野手として出場しているイチローでした。

実はイチローは高校時代、投手としてプレーして1991年の夏の甲子園大会にも出場した実績の持ち主。のちにレーザービームと表現された強肩は投球にも生かされ、この日も140キロを超える投球で相手打者を圧倒しました。そして見事ショートゴロに打ち取ってゲームセット。パ・リーグの勝利に貢献しました。
 

名場面その3:MLBシーズン最多安打記録達成(2004年)

2001年にシアトル・マリナーズへ移籍しても、日本時代と変わらぬ活躍を見せていたイチロー。その集大成ともいうべきシーズンとなったのがメジャー4年目となった2004年です。

この年のイチローは4月こそ打率.255とつでしたが、5月からエンジンがかかりはじめ、打率もぐんぐん上昇。シーズン終了が近づくにつれ1920年にジョージ・シスラーが記録したシーズン安打257本の更新が期待されるようになりました。

そして迎えた10月1日(日本時間2日)の対レンジャース戦。イチローは第1打席でレフト前へヒットを放ち、シスラーの記録に並ぶと、第2打席でセンター前ヒットを放って84年ぶりとなる新記録を達成。本拠地セーフコ・フィールドはイチローの偉業を讃えてか試合途中ながら花火が打ち上がり、チームメイトはベンチから総出でイチローを囲み、祝福しました。

この感動的な演出に普段クールなイチローも塁上でニッコリと笑顔に。日本の安打製造機が名実ともに世界の安打製造機になった瞬間でした。
 

名場面その4:第2回WBC決勝で優勝を決める勝ち越しタイムリー(2009年)

2006年から行われるようになったWBC。イチローは第1回WBC時も日本代表の優勝に大きく貢献しましたが、日本中を熱狂させたといえば第2回WBCのこのシーンでしょう。

この年の大会前からイチローは珍しく不振で、大会が開幕後も打率は.200前後。あまりの不調ぶりにイチローをスタメンから外したほうがいいという外野の声も出ましたが、監督の原辰徳は全試合でイチローを1番打者として起用。そしてイチローも決勝戦でその期待に応えました。

宿敵韓国との対戦となった決勝では、イチローはそれまでが嘘のように安打を放ち、延長10回表に打席が回ってくるまでに5打数3安打を記録。そして2死1、3塁で迎えた延長10回の第6打席でイチローはセンターへ抜ける2点タイムリー2塁打を放ちました。これで勝ち越した日本代表はそのまま勝利して見事連覇を達成。「ここぞというときに打つ」イチローの本領発揮というべき名シーンでした。
 

名場面その5:アジア人初のMLB通算3000本安打(2016年)

2016年日米通算4257安打達成した時のイチロー(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)


その後もイチローはMLBで活躍しますが、2011年にレギュラー定着以来、初めて打率が3割を切るとその後の成績は下降。しかし安打を放つ技術は変わることなく、気が付けば張本勲が持つNPB通算安打記録3085本を抜き去り、MLBだけでも通算安打本数も3000本に近づいていきました。

マイアミ・マーリンズに移籍して2年目となった2016年、42歳のイチローは再び輝きを取り戻して開幕から安打を量産。ついに8月7日(日本時間8日)の対ロッキーズ戦でMLB史上30人目となる通算3000本安打を達成。日本人のみならず、アジア人として史上初の偉業を打ち立てました。
 

惜しまれつつ去ったイチローの今後は……!?

いかがでしたか? ここに挙げたシーンだけでは語り足りないほどですが、それだけイチローが素晴らしい成績を残してきたかがわかります。会見中、今後について聞かれた際に「監督は絶対無理です」と語っていたイチローですが……今後の動向に注目しましょう。