後悔できるのは変化しているから
反省することが少ない、小説上の間違いが少ない、「黒歴史」が生まれない——これは僕が成熟した証しなのだろうか。
僕は「自分という人間の成長が止まりつつある証し」だと思っている。だからこそ、ポジティブな現象だとは思えない。
自分の過去の振る舞いを——飲み会での恥ずかしい発言や、学生時代の「黒歴史」を——なんの前触れもなく思い出して、その場から動けなくなったことは一度や二度ではない。
そういった時、僕はいつも「過去の行いを恥ずかしいと思えるのは、自分が成長したからだ」と考えるようしていた。
後悔できるのは、成長しているからだ。当時の自分の価値観や考え方が間違っていたと思えるのは、いまの自分の価値観や考え方が変わったからだ。
黒歴史は“成長痛”である
「黒歴史」は、人間として成長する時の成長痛のようなもの。学生時代の「黒歴史」のない人間は、学生時代から人格的になにも成長していない人間だ。
「黒歴史」を恥じる必要はない。自分の過去の間違った振る舞いを、なかったことにする必要もない。後悔や反省ができるのは、人として成長しているからだ。
むしろ、後悔や反省をしなくなってしまったら、そのことを恥じたほうがいいと思う。
10年後にこのエッセイを読み返した僕が、「うわあ、ここの表現はひどいなあ」とか「ここはこう書いたほうがよかったなあ」とか、後悔や反省をしてくれていることを願っている。

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この書籍の執筆者:小川 哲 プロフィール
1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2023年に『地図と拳』で第168回直木三十五賞を、『君のクイズ』で第76回日本推理作家協会賞を受賞。ほかの著作に『君が手にするはずだった黄金について』『スメラミシング』『火星の女王』などがある。『君のクイズ』は2026年、映画化が決定している。



