ニュースでよく耳にするこの言葉、実はデータに基づいた“事実”ではないとしたら……?
毎日膨大な情報があふれる今、私たちは世間のニュースやSNSに影響され、無意識のうちに「偏った思い込み」を抱えがちです。そして、その思い込み(=速い思考)こそが、私たち自身を悩みの無限ループへと導く原因になることも。
精神科医・和田秀樹氏の著書『落ち込まない 考えすぎない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)から一部へ抜粋・編集し、「高齢者の運転」という身近なテーマを手がかりに、思い込みに振り回されず、心をスッと軽くするヒントを探ります。
「高齢者の運転=危険」は本当か? データが示す意外な事実
認知療法は「患者さん本人に、不適応思考を自覚してもらう」ことから始めます。人は多くの場合、知らず知らずのうちに不適応思考をしていますが、なかなかそのことに気づけません。そして、自分の考えは間違いないと思ってしまいます。
だから認知療法では、偏った見方や考え方をしているという自覚を促すことを第一に行います。
さらに怖いのは、世の中で「こうあるべきだ」と常識のようにいわれている事柄の中にも、不適応思考や認知バイアスから生まれた発想が多くあることです。
近年の社会的な常識と言われることにも、不適応思考や認知バイアスの影響を受けている例があります。
その一例が「高齢者の免許返納」の議論です。
近年、「高齢者は運転免許証を返納すべき」という世論があります。高齢ドライバーによる逆走やアクセル・ブレーキの踏み間違いとされる事故が起こるたびに、マスコミが大きく取り上げ、高齢者は事故を起こしやすいと見られています。しかし、それには、統計的な根拠はないのです。
警察庁の令和6年の交通事故発生状況を免許保有者10万人当たりの年代別事故件数で見てみましょう。
・16~19歳は976.3件
・20~24歳は551.0件
・25~29歳は399.9件
・30~34歳は310.4件
・35~69歳は、おおむね300件を若干下回る数字でほぼ横ばい
・70~74歳は329.6件
・75~79歳は358.0件
・80~84歳は416.3件
・85歳以上は496.1件
思い込みから抜け出すカギ。直感的な「速い思考」を疑おう
70歳以上では年齢が上がるごとに、事故件数も上昇しています。この数字だけを見れば、「高齢になればなるほど事故を起こす確率が高い」と思うでしょう。しかし、10代や20代前半の事故件数と比べれば、高齢者の事故が多いとはいえない事実を見過ごしてはなりません。
確かに加齢により判断力が鈍くなり、運転ミスが起きやすくなるのは否めません。しかし、「暴走して事故を起こす」理由を「高齢者だから」と考えるのは適切ではありません。それは若年層の事故件数のほうが飛び抜けて多いことを見ても明らかです。
もし「高齢者は事故を起こしやすいから免許返納を」というのなら、10代~20代前半の若者にも免許を返納してもらわなければならないでしょう。
そもそも令和6年には65歳以上の人口が全人口の29.3パーセントに達していて、高齢者人口の割合は非常に高いので、高齢ドライバーの事故の件数が多いのは当然の帰結です。
マスコミで大々的に取り上げられるせいで、あたかも高齢ドライバーによる事故が起こりやすいと思われるのですが、むしろその逆です。高齢ドライバーの事故がマスコミに取り上げられるのは、インパクトが強くニュースになるからに過ぎません。
それなのに「70歳以上では高齢になればなるほど事故件数が増える」という部分が切り取られて「高齢ドライバーの運転は危険だ」と思い込まされてしまうのです。
「高齢者は事故を起こしやすいから運転免許証を返納すべき」という結論でよいのかどうか、本当に「そうあるべき」なのか、もっと多角的に考える必要があるでしょう。
もし高齢ドライバーから免許を取り上げたら、その後どのようなことが起きるのかを考えてみましょう。
まず、高齢者が外出しなくなり、心身の老化、つまり認知能力や身体的能力が低下するリスクが格段に高くなります。メンタル面への影響も看過できません。老年期うつ病の発症の増加、それによる自殺の増加もあり得るでしょう。
65歳以上の男女2800人を対象にした筑波大学などの研究チームによる調査では、運転をやめた人は、運転を続けていた人に比べて、6年後に要介護になるリスクが2.2倍高いという結果が出ています。また、免許を返納して公共交通機関などに切り替えた人でも、要介護リスクは1.69倍となりました。
車がなければ日常生活に支障が出る地方に限れば、これらの数字はさらに高くなるはずです。
すでに認知症が重症化している人は、危険かどうかを論じる前に、運転ができなくなるでしょう。認知機能や身体機能が運転にどの程度影響するかはきちんと研究しないといけません。こういう研究もしないで危ないというのは、「速い思考」の典型例です。
このように、短絡的な「べき思考」には、一歩間違えれば、さまざまなマイナス面を加速させることになる怖さがあります。
直感的な「速い思考」ではなく、「遅い思考」で、事実を見つめ、データも参照しながら、客観的に冷静に見ることが大切です。
※「速い思考」=過去の経験や知識に基づいた直感的なもので、瞬間的に、また自動的に働く思考。「遅い思考」=時間をかけて、意識的に論理的に考えて、自分なりの意見や判断を組み立てること。 この書籍の執筆者:和田秀樹 プロフィール
1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒。
東京大学医学部卒附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院を経て、現在は精神科医。 国際医療福祉大学教授、ヒデキ・ワダ・インスティテュート代表。一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。川崎幸病院精神科顧問。和田秀樹こころと体のクリニック院長。立命館大学生命科学部特任教授。



