「スカートを濡らした程度か!」周恩来激怒。田中角栄の“軽すぎる謝罪”が招いた「歴史の遺恨」

1972年の日中国交正常化。田中角栄は「多大なご迷惑をかけた」と謝罪しましたが、通訳された言葉は「女性のスカートを濡らした」程度の軽い意味でした。周恩来を激怒させた「通訳ミス」と、今日まで続く遺恨の原点を武田一顕氏が解説。(画像出典:PIXTA)

田中角栄と周恩来のすれ違い

日中国交正常化の際、日中戦争で日本が中国を侵略したことに関する意思表明で、田中角栄と周恩来の間では行き違いがありました。

日中通訳で細かいニュアンスが伝わらなかったのです。

「わが国が中国国民に対して多大のご迷惑をかけたことについて、私はあらためて深い反省の念を表明するものであります」

晩餐会の席で、田中はこう述べて周恩来に謝罪しました。

このとき通訳は「ご迷惑をかけた」を周恩来に「添了麻煩(ティエンラ・マーファン)」という表現で伝えました。この言葉に、周は激怒しています。

「添了麻煩」は謝罪ではありますが、それは女性のスカートに水をかけてしまったようなときに使う言葉。心を込めた重い謝罪ではなく、軽く「ごめんなさい」といったニュアンスの表現です。

そのことに周恩来は感情をあらわにしました。その後「迷惑事件」として語り継がれています。

私たちの国の人間を数百万人も殺した国の総理大臣が使うときにふさわしい言葉ではない——というのが周の論理です。中国をなめているのか! という怒りです。

周恩来の怒りの理由はもっともなので、田中は日本では“ご迷惑をかけた”という表現は心を込めて謝罪するときに使いますと説明して、ひたすら取り繕ったといいます。

とはいえ、田中も一国の総理。したたかです。日中戦争についての謝罪は、迷惑という言葉を使ったものの、口頭であって文書で残してはいません。

激怒した周恩来が、それでも国交正常化を急いだワケ

それでも、中国は日本との国交正常化を受け入れました。そうせざるを得なかったからです。

当時の中国は文革によって弱体化していました。隣接するソ連との関係は悪化したままで、いつ攻めてこられても不思議ではない状況。

そんな中国に対し、アメリカはもちろんのこと、日本も高度経済成長期を経て、すさまじい経済成長を遂げていました。中国はアメリカや日本のような西側の強国と手を結ばなくてはなりませんでした。

中国にとっては日本からの経済援助ありきでの国交正常化です。それを日本は十分に承知していたので、求められるままにお金を渡しました。1979年以降のODAは明らかに中国の経済成長の礎になっています。

そのときはお互いに納得していても、時を経るにつれて、自国のほうが我慢して相手の要求を受け入れたというモヤモヤが積み重なっていきます。それは、やがて限界に達します。

ただし、日中国交正常化の場合、日本側の当事者である田中と大平は、中国に対して、申し訳ないという気持ちを持ち続けていました。

後に田中は、「戦争を知っているやつが世の中の中心である限り、日本は安全だ。戦争を知らないやつが出てきて日本の中核になったとき、怖いなあ」と話していました。

しかし、国内で田中とライバル関係にあった、後に総理になる福田赳夫(たけお)をはじめとする清和会系の政治家は違います。清和会系の政治家は、台湾と親しかったこともあり、中国共産党に対する強硬姿勢が目立ちます。

このような不満はやがて中国側で爆発しました。1998年11月に江沢民が訪日した際、宮中晩餐会のスピーチで歴史認識について厳しく批判し、日本側に強い衝撃を与えたのです。

言葉のすれ違いから始まったわだかまりは、半世紀経った今もなお、日中間に深く棘として刺さったままなのかもしれません。
日本人が知っておくべき中国のこと
日本人が知っておくべき中国のこと
この書籍の執筆者:武田一顕 プロフィール
1966年生まれ。東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業。元TBS報道局記者。国会担当記者時代の“国会王子”という異名で知られる。また、『サンデージャポン』の政治コーナーにも長く出演し親しまれた。2023年6月退社後、フリーランスのジャーナリストに転身して活動中。大学在学中には香港中文大学に留学経験があり、TBS在職中も特派員として3年半北京に赴任していた経験を持つ。その後も年に数回は中国に渡り取材を行っている「中国通」でもある。著書に『日本人が知っておくべき中国のこと』(辰巳出版)など。
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