自分たち一家を「特別な存在」として見せたくない
先ほど、私が初対面の宮さまへの印象として、「皇族としての自分を冷静かつ、客観的に見つめている大人びた姿勢を、宮さまは持っていた」と記したが、もう一つエピソードを加えておこう。2010年頃の私のメモがある。結婚して20年がたった頃だが、それは、こんな内容だった。
「20年前、私が宮さまに初めてお目にかかったときに、私が感じた自らの立場や家族に対して常に距離を置いてみる宮さまの冷静さ、沈着な姿勢あるいは、バランス感覚のよさというものは、年を追うごとに洗練されてきている。
宮さまは、私の前では両陛下(当時。現在の上皇ご夫妻)のことを決まって『父』『母』と呼ぶ。皇太子さま(当時。現在の天皇陛下)のことは『兄』で、紀子さまのことは『家内』だ。一般の家庭となんら変わらない……」
こうしたところにも、自分を「特別な存在」として見たくない、あるいは見せたくないと思う宮さまの基本的な考えが垣間見える。
たとえば、こんなことがあった。悠仁さまが生まれる前のことだったと思う。再び私のメモの内容を記してみる。
「天皇陛下(当時。現在の上皇さま)が皇太子時代の1977年夏の記者会見で“皇室の伝統を見ると、『武』ではなく、常に学問でした”と発言されたことを受け、私が“やはり皇室は歴代、文化や学問など、文を尊重され、武を遠ざけてこられたのですか”とうかがった。
すると、宮さまは“さあ、どうでしょうか”としばし考え始めた。
宮さまは“いちがいにそうは決めつけられないのではないか。もう一度、精査して歴史を見つめる必要があるのではないのか”と、言いたいのではなかろうか」
当時の私はそんなふうに感じていた。
秋篠宮さまは、「父」であり「天皇陛下」の発言でさえも鵜呑みにせずに、もう一度、自分で考えてから結論を導き出そうとしていた。
こうした姿勢に、よい意味で私は少なからず驚かされた。 この書籍の執筆者:江森 敬治 プロフィール
ジャーナリスト。1956年生まれ。早稲田大学卒業後、1980年、毎日新聞社に入社。京都支局、東京本社社会部宮内庁担当記者、編集委員などを経て、 2022年3月末、退社した。秋篠宮さまとは長年の個人的な親交があり、著書『秋篠宮』(小学館、2022 年)が話題となった。このほかに、『秋篠宮さま』(毎日新聞社、1998年)、『天皇交代 平成皇室8つの秘話』(共著、講談社、 2018年)などがある。



