記者が京都で目撃した「金色のブレスレット」と、その裏にある繊細で冷静な素顔。そして、父である上皇さま(当時天皇陛下)の言葉であっても「鵜呑みにしない」という独自の哲学とは。
長年秋篠宮ご一家と親交のあるジャーナリスト・江森敬治氏が、著書『悠仁さま』(講談社)で明かした知られざるエピソードを紹介します。
秋篠宮さまと私の初めての出会い
私は、毎年のように秋篠宮ご一家の誕生日に宮邸での記帳を続けている。あるご縁がきっかけで、個人的なお付き合いを続けてきたからだ。私の妻は大学を卒業後、学習院大学経済学部で副手をしており、教授たちの資料整理などの手伝いをしていた。
とくに、紀子(きこ)さまの父であった川嶋辰彦名誉教授(故人)の手伝いをよくしていたようで、自然と、当時まだ高校生だった紀子さまと顔見知りとなった。
そんな関係で、私たち夫婦は、紀子さまを通じて秋篠宮さまと知り合うようになったのだ。
私たち夫婦が初めて、秋篠宮さまに会ったのは、1991年2月初旬、京都でのことだった。
前年の1990年6月29日、秋篠宮さまは、国民の熱烈な祝福の中で紀子さまと結婚した。このとき、秋篠宮さまは24歳、紀子さまは23歳で、とても初々しいロイヤルカップルが誕生した。
秋篠宮さまと最初に会った当時、私は京都市の中心部にある新聞社の京都支局に勤務していた。
冬の古都は寒かった。新婚の秋篠宮ご夫妻が、京都にやって来るというので、私と妻は、宿泊先の老舗旅館を訪ねた。
当時、私が記したメモをひもといてみたい。
それによると、2人は友人たちとのプライベートな旅行を楽しむために、京都を訪れていた。私的旅行とはいえ、秋篠宮ご夫妻は天皇陵も参拝した日程だったが、ご夫妻と私たち4人は、午後5時半頃から約1時間、懇談した。
秋篠宮さまはグレーのダブルのスーツにえんじのネクタイ姿。紀子さまは濃紺のスーツで左胸にブローチが飾られていた、と記してある。
私は、宮さまに結婚後の生活についていくつか話しかけた。私の問いかけに秋篠宮さまは、「結婚して変わったことですか? 一番、変わったことは酒量がだいぶ減ったことですかね」などと答えた。
そんな様子の秋篠宮さまに、紀子さまも「お酒とタバコに気をつけてくださいね」と微笑みながら宮さまに話した。宮さまは初対面の私たちに、飾ることなく素直に近況を語ってくれた。
皇族としての自分を冷静に見る秋篠宮さま
秋篠宮さまは現在もスリムだが、当時は、今よりももっとやせた感じだった。右腕に金色のブレスレットをしていた。
「やんちゃな次男坊」というイメージが喧伝されていただけに、私は、繊細で物静かな第一印象に驚いた。
と同時に、話しぶりから上皇ご夫妻(当時の天皇、皇后両陛下)や兄や妹、それに自分の置かれた環境に対してよい意味で少し距離をとって見ているのでは、との印象も強くあわせ持った。
距離を置くというのは、置かれた立場から逃げているとか、関心を持たないということではない。皇族としての自分を冷静かつ、客観的に見つめている大人びた姿勢を、宮さまは持っていた、ということを意味する。
こうしたことを直接、対話をしてみて私は素直に感じたのである。
初対面にもかかわらず、「少し失礼かな……」と思いながらも私は最後に、子どもの予定を尋ねてみた。しかし、やんわりはぐらかされてしまった。
秋篠宮さまと会い、ほんわかと温かい心地になった私たちは、老舗旅館をあとにしたのだった。



