それは、「女性芸人だけの大会はおかしくないか? スポーツなど体力差が影響する競技ならともかく、お笑いはそうではない。逆差別ではないか」という指摘です。
確かに1980年代の漫才ブームの頃は、多くの女性芸人がテレビ番組で活躍していました。ではなぜ今、女性芸人は少数派になり、「女性枠」が必要とされる状況になってしまったのでしょうか。
その背景を探ると、実力以前に立ちはだかる「構造的な壁」が見えてきます。今回は、テレビ朝日系『M-1グランプリ』(以下、『M-1』)のデータや芸人の証言からその理由を分析し、昨今議論される大学入試の「女子枠」問題についても考えます。
「女性客はネタを見てくれない」劇場の構造
まず、女性芸人が直面するのが「劇場のファン層」の問題です。お笑いライブに足を運ぶ観客の多くは若い女性であり、彼女たちは男性芸人をアイドル的な視点で応援することも少なくありません。この点について、お笑いコンビ・Aマッソも過去に「劇場に来るのは若い女性のお客さんたちなので、自分たちのネタを披露しても見てくれない感触があった。そのため、賞レースで勝ち抜くしかなかった」という旨を語っています。
つまり、男性芸人に比べてファンを獲得しづらく、劇場ランキングで上位に食い込むのが難しいという現状があるのです。
では、実力重視の賞レース『M-1』なら公平かというと、実はそこにも女性にとって高いハードルが存在します。
近年の『M-1』の決勝を見ても、女性芸人の姿はめったに見られません。2025年の準決勝進出者を見ても、女性が含まれるコンビは31組中、男女コンビのおおぞらモードと、女性コンビのヨネダ2000のわずか2組。準々決勝まで広げても、10組もいないはずです。
なぜ、女性芸人はこうも『M-1』で勝ち上がりづらいのでしょうか。『THE W』の審査員経験もある漫才師、ハイヒール・リンゴさんが、過去にその理由を説明しています。
2020年3月配信のYouTubeチャンネル「@公式よしもと芸人出演トーク」の中で、リンゴさんは『M-1』の特性についてこう語りました。
「『M-1』では10秒20秒に1度笑いをとっていかないといけないので、そうなるとツッコミの言葉が『ほんな馬鹿な』とか『なんでやねん』と汚くなる。男がやるといいんだけど、女の子がやると汚く見える」
実際、『M-1』の2018年の決勝で、男女コンビ・ゆにばーすの女性芸人・はらさんが冒頭で鋭い言葉を放った際、審査員のオール巨人さんが「(つかみとして)よくない」と指摘した場面がありました。
つまり、漫才の冒頭で女性がキツい言葉を使うと、観客や審査員によくない印象を与え、笑いにつながりにくくなるリスクがあるのです。
「冒頭で女の子2人がエッジを効かせるとスベる」問題
この「女性芸人が冒頭で強い言葉を使うと不利」という問題について、最近の『THE W』でも象徴的な出来事がありました。『THE W 2025』の決勝で、女性コンビ・もめんとが披露したコントは、子どもが1人でいるところに訪問販売の女性がやってくるというネタでした。これに対して審査員の粗品さんは、本題に入るまでの「導入」の部分が長すぎると指摘しました。
この指摘に対し、別の視点から意見を述べたのが、『THE W 2024』優勝コンビのにぼしいわしです。彼女たちは自身のYouTube番組『にぼしいわしの吹き溜まり』(2025年12月13日配信)で、こう語りました。
「19時の日本テレビの番組で、かわいらしい女の子が2人で出て行って、いきなりエッジが効いたことをいうと必ずスベるねん」
粗品さんが求める「前半から展開を早くして笑いをとれ」という構成にするためには、冒頭からエッジの効いたボケをする必要があります。
しかし、女性がゴールデンタイムのテレビ番組でそれをやると、観客が引いてしまい「スベる」のです。だからこそ、女性芸人は観客を安心させるための丁寧な「導入」が必要になり、結果として展開が遅くなってしまうというジレンマがあります。
『M-1』の予選で、審査員は「テレビショーで受けるか」という部分も加味して審査するはずです。そうなると女性芸人が冒頭からエッジの効いた言葉を言って、テンポよく漫才をやっていくと「ちょっと強すぎるかな」と思われる可能性があります。
こうした「男性芸人にはない見えないハンデ」があるからこそ、女性芸人は既存の賞レースで勝ちにくく、ゆえに『THE W』のような女性だけの大会が必要とされるのでしょう。



