「いつまでもクマが出る」異常事態の真相
12月になっても、あるいは1月に入っても、まだクマが出たという報道が続き、異常事態という言葉が繰り返されました。その多くは体長が50センチメートル程度の仔グマで、報道を見るたびに書きとめておいたのですが、具体的には以下のような例がありました。
・山形県飯豊町でカキに上っていた例(2023年12月25日)
・岩手県北上市で商業施設に仔グマが出現した例(2024年1月9日)
・秋田県鹿角市で雪のなかでカキを食べていた例(2024年1月8日)
・山形県尾花沢市でカキに上っていた例(2024年1月20日)
これらは親が駆除されてしまったためにすぐに冬眠に入ることができず、餌を食べ続けていた仔グマだと考えられました。
山形県に寄せられた目撃情報のうち、体調が記されていたものを参照すると、12月の後半には3個体すべてが1メートル未満の仔グマで、1月では7個体のうち4個体が仔グマでした。
つまり、「クマが越冬に入らない異常事態」ではなく、狩猟あるいは駆除の結果、親とはぐれた仔グマを人間が作りだしていたことで説明がつきます。
いたずらに恐怖を煽り立てる報道に惑わされない
なお、新聞報道では「穴持たず」というクマの話題が出ていたことにも、触れておきたいと思います。
11月になれば、話題性のあるツキノワグマのニュースはメディアでさかんに取り上げられていましたが、取材に応じる専門家の数が少ないこともあって、記者はコメントをとるために専門家を探し回っている状態が続いていました。
そのなかで、専門家から「マタギの伝説では“穴持たず”という冬眠しないクマがいるといわれ、空腹で気が立っているので凶暴」という話題が出たのです。
記事を批判する意図はありませんので、具体的にはこれ以上書きませんが、これが上記の「12月になってもクマが冬眠に入らずに街に出続けている」という情報と重なってしまったことから、凶暴なクマに気をつけるべき、という論調が生まれていきました。
実際には人里に出てきたのは親とはぐれた体長50センチ程度の仔グマであり、ほぼ「母親クマの駆除」で説明できたことは、直前に書いた通りです。
ここでは事実と伝説を混同しないことと、いたずらに恐怖を煽り立てる報道に惑わされないことを教訓として書きとどめておきます。
誰もが不安を抱えている非常時にこそ、「自分の眼で物を見ること」を意識せねばと、自戒とともに思います。
この書籍の執筆者:永幡嘉之 プロフィール
自然写真家・著述家。1973年兵庫県生まれ、信州大学大学院農学研究科修了。山形県を拠点に動植物の調査・撮影を行う。ライフワークは世界のブナの森の動植物を調べることと、里山の歴史を読み解くこと。里山の自然環境や文化を次世代に残すことに、長年取り組む。著書に『クマはなぜ人里に出てきたのか』(旬報社)、『里山危機』(岩波ブックレット)、『大津波のあとの生きものたち』(少年写真新聞社)、『巨大津波は生態系をどう変えたか』(講談社)など。



