ヒナタカの雑食系映画論 第191回

映画『宝島』を見る前に知ってほしい3つのこと。妻夫木聡、広瀬すず、窪田正孝の「実在感」が成し得たものは

映画『宝島』は、「数字」で想像できるスケールを超えた、「戦後沖縄」を描ききった超大作でした。知ってほしいただ1つの言葉のほか、妻夫木聡、広瀬すず、窪田正孝が演じた「実在感」のあるキャラクターを紹介しましょう。(画像出典:(C)真藤順丈/講談社 (C)2025「宝島」製作委員会)

宝島
『宝島』 出演:妻夫木聡、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太、塚本晋也、中村蒼、瀧内公美、栄莉弥、尚玄、ピエール瀧、木幡竜、奥野瑛太、村田秀亮、デリック・ドーバー 監督:大友啓史 原作:真藤順丈『宝島』(講談社文庫)2025年9月19日(金)より全国公開 配給:東映/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント (C)真藤順丈/講談社 (C)2025「宝島」製作委員会
第160回直木賞を受賞した真藤順丈の小説を原作とした映画『宝島』が、9月19日より劇場公開中です。本作は、まず「数字」のとてつもなさから、知っておくべきでしょう。
【無料版】『宝島』試し読み 特別書下ろしエッセイ&著者インタビュー付き (講談社文庫)
【無料版】『宝島』試し読み 特別書下ろしエッセイ&著者インタビュー付き (講談社文庫)

1:とてつもない数字、そして上映時間は191分!でも身構えすぎないでほしい

本作『宝島』で公式に示されている、見ているだけでクラクラしてきそうな数字は以下です。

構想6年 2度の延期 総製作費25億円
撮影期間106日 沖縄ロケ41日 ロケ地43カ所 
エキストラ延べ5000人 希少アメリカンクラシックカー約50台 
CGカット数615カット 圧巻の本編尺191分

これらから想像できる(あるいは想像できないほどの)作り手の苦労と執念は、「アメリカ統治時代の沖縄」の「再現」を超えてもはや「本物」としか思えない画を見てこそ、真に伝わるでしょう。 
それはそれとして、191分という長尺に身構えてしまう人もいるかもしれません。トイレを鑑賞の直前に済ませておくことは言うまでもなく必須ですし、なるべく体調が良い時に劇場へ足を運んだほうがいいでしょう。

しかし、「1950〜70年代の20年にわたる戦後沖縄の物語」を描くためには必要な尺だと納得できますし、劇場で「どっしり」と腰を据えて見てこその作品だと思うのです。

何より、決して小難しい内容ではなく、後述するように感情移入がしやすいドラマが根底にあり、テンポも良く、先が気になるエンターテインメント性も十分です。「3時間超もあるのか」とネガティブに捉えすぎず、「3時間超は必要な長さであるし、実際に見てみればあっという間だった」という体験のほうを、ぜひ期待してほしいのです。
宝島
(C)真藤順丈/講談社 (C)2025「宝島」製作委員会
なお、「20歳未満の飲酒、ナイフによる殺傷及び違法薬物の吸引の描写がみられる」という理由でPG12指定がされており、「嘔吐」シーンも1カ所あるほか、女性への暴力が描かれる場面もあるので、ある程度の覚悟をした上で鑑賞するのがおすすめ。

そういった、やや過激な描写も、劇中の暴力の危うさを示す上で必要だと思えました。民衆の怒りが爆発した、約20分という長尺で描かれる「コザ暴動」は、ぜひ劇場の環境で見届けてほしいですし、それでこそ戦後80年という節目の年である今、当時の出来事を「体感」する意義があると分かるはずです。

2:「戦果アギヤー」だった者たちの青春物語

本作の物語そのものはフィクションですが、戦後アメリカ統治下の沖縄の背景や、実際に起こったコザ暴動など、史実が大いに反映されています。

事前の知識が求められるのではないか、歴史に明るくないと楽しめないのではないかといった不安が、191分という上映時間以上に、かえってハードルを高くしているのかもしれません。

しかし、その必要はないと断言します。最低限、事前に知っておくべきなのは「戦果アギヤー」という言葉だけで問題ありません
宝島
(C)真藤順丈/講談社 (C)2025「宝島」製作委員会
戦果アギヤーは「戦果を挙げる者」という意味で、米軍基地を襲撃して物資を奪い、困窮する住民らに分け与えていた者たちのこと。「強盗」でありながらも、見方によっては「義賊」や「英雄」とも捉えられます。

彼らの荒々しい手口が描かれる冒頭から、スリリングで引き込まれるはず。さらに、大友啓史監督は、プレス向け資料で戦果アギヤーについて、以下のようにも語っています。

米軍基地に忍び込んで物を盗むことは、現代では到底信じられないことですが、当時の沖縄は本当に貧しくて、米軍側もそれを分かっているから、あえて見逃していたところもあった。孤児たちは、フェンスを越えたり穴を掘ったりして基地や倉庫に忍び込み、鉄屑や薬莢などを盗み、それを売ることでなんとか生きていた。それが戦果アギヤーの始まりです。

けれどその行為は、彼らの成長とともにエスカレートして、規模が大きく、より切実な行為になっていく。最初は「お腹が空いたから何か欲しい」という目的だったのが、大人になり社会も変わっていく中で、誰かのために、困っている皆のためにという行為へと変容する。

それはまるで、現代にも通じる青年たちの意識の成長を、あるがままに捉えているかのようです。『宝島』は、沖縄がアメリカだった時代の青春物語です。

本作の主人公は実質的に3人。グスク(妻夫木聡)、レイ(窪田正孝)、ヤマコ(広瀬すず)は、それぞれ別々の道を選んでいくのですが、その3人共が戦果アギヤーのリーダー格だったものの、消息を断ったオンちゃん(永山瑛太)の「影」を、ずっと追い続けているようにも見えるのです。大友監督の「青春物語」という指摘も「まさに」と納得させられます。
宝島
(C)真藤順丈/講談社 (C)2025「宝島」製作委員会
青年どころか少年といえる年齢だった若者たち(例えばレイは冒頭で17歳)が、大人になり違う道を進む一方で、実は思いを同じくしているところもある、という共感しやすい青春物語に加えて、「オンちゃんはどこに消えたのか(生きているのか死んでいるのか)」というミステリー要素も興味を惹かれる重要なポイントです

彼らが歩んできた約20年の歳月で、どのように彼らの人生が、また時代が変わっていくことにも、大いに注目してみてください。
次ページ
妻夫木聡、広瀬すず、窪田正孝の熱演
Lineで送る Facebookでシェア
はてなブックマークに追加

連載バックナンバー

Pick up

注目の連載

  • ヒナタカの雑食系映画論

    『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』が戦争アニメ映画の金字塔となった3つの理由。なぜ「PG12指定」なのか

  • 恵比寿始発「鉄道雑学ニュース」

    「まるでペットのようだったのに…」Suicaペンギン卒業で始まるロス。リュック、Tシャツ…愛用者の嘆き

  • 海外から眺めてみたら! 不思議大国ジャパン

    「空の絶対権威」には逆らえない!? JALの機長飲酒問題に思う、日本はなぜ「酔い」に甘いのか

  • 世界を知れば日本が見える

    【解説】参政党躍進に“ロシア系bot”疑惑、証拠なく“自民党の情報操作”との見方も