こう語るのは、愛知県で公立高校の教員をしている山下亜希子さん(仮名)です。
山下さんが懸念しているのは、公立高校の受験制度が2027年度に変わるかもしれないという動きです。
発端は、今年4月22日のデジタル行財政改革会議で、石破首相が文部科学省とデジタル庁に対し、現在多くの地域で採用されている「単願制」(1人1校のみ出願)の見直しを指示したことでした。これにより、複数の高校を受験できる「併願制」への移行が検討され始めています。
公立高校の「併願制」とは?
この併願制は「デジタル併願制」とも呼ばれ、受験生の希望と共通試験の成績に基づき、デジタル技術を使って自動的に進学先が割り振られる仕組みです。
現在の単願制では、本当はA校を受験したいけれども、合格を確実にするために、少しランクを下げてB校を受験する傾向があります。公立高校への進学を強く望むなら、冒険は許されず、安全策をとるしかないからです。
一方、デジタル併願制であれば、A校もB校も同時に志望できます。うまくいけばA校に合格できますし、A校が不合格だったとしても、B校に割り振られることになります。この制度は、受験生にとって、よりランクの高い高校へのチャレンジも可能になり、不合格になった場合の安全策も確保できる、チャンスが広がる制度だと見られています。
しかし、この制度に山下さんは異を唱えているのです。
愛知県の教員が併願制に懸念を抱くわけ
山下さんの勤務する愛知県では、このデジタル併願制と同じような高校入試制度がすでに実施されています。「複合選抜制度」と呼ばれるこの制度は、1989年度から35年以上続いており、途中で若干の変更はあったものの、基本的な仕組みは変わっていません。
具体的には、学校をAとBのグループに分け、受験生はそれぞれのグループから1校ずつ選び、一度の試験を受けます。その結果が県のコンピューターに集約され、自動的に各校の合否が決められる仕組みです。第1志望校と安全圏の学校の両方を受験できます。
愛知県で長年続いていながら、他の自治体で採用されないのは、この制度に問題があるからです。山下さんはその問題の1つに、「高校の序列化が進んだこと」を挙げます。
単願制の場合、学力がA校とB校の境目にある受験生は、不合格を避けるために安全なB校を選びます。そのため、A校とB校の学力差はそれほど大きくはなりません。
しかし、複合選抜制度では、試験の成績上位者がA校に集まり、その次のグループがB校に振り分けられます。これにより、A校とB校の学力に明らかな格差が生じ、A校がB校より上だという序列がより明確になります。
この序列化は「中学生に熾烈(しれつ)な競争を強いることになり、中学の教育をゆがめている」と山下さんは指摘します。受験生やその保護者は、序列が上の学校に入りたいと思うようになります。誰もが上の学校を狙うため競争が激化し、過酷な受験勉強は中学生から余裕を奪うなど、マイナスの影響も少なくありません。
山下さんはさらに続けます。
「愛知県の高校受験は内申点が重視される傾向が強く、生徒は上位校に合格するために、先生に気に入られようとするなど、必要以上に内申点を上げる努力をする傾向があります」
受験勉強に追われ、内申点を上げるための努力を強いられる中学生の姿は、とても健全とは言えません。愛知県の複合選抜制度に他の自治体が追随しないのは、このようにマイナス面が多いからだと考えられます。



