実際、どのようにカリキュラムや授業が設計されているのか、渋谷区立渋谷本町学園の9年生(中学3年生)を取材しました。
修学旅行をプロジェクト型の探究学習として設計
シブヤ未来科のカリキュラムは、総合的な学習の時間を軸に、教科、特別活動、道徳、学校行事の一部も含み、教科横断の総合的な学びとして展開されています。そのベースとなるのが、探究学習です。探究学習とは、自分が興味・関心のあるテーマについて自ら問いを立て、知識や情報を収集したりアクションを起こしたりしながら深めていく学びのこと。シブヤ未来科では、児童・生徒一人ひとりが探究テーマを自分で決め、「My探究」に取り組みます。
My探究の位置付けや年間の課程は、学校や学年によりさまざま。今回取材をした小中一貫教育校の渋谷区立渋谷本町学園の9年生(中学3年生)では、探究学習を段階的に進路選択やキャリア意識の形成につなげています。同校で9年生を担当する古谷香代子先生に、シブヤ未来科の年間の流れを聞きました。
「9年生の前期(渋谷区立の小中学校は前・後期の二学期制)のシブヤ未来科では、京都・奈良への修学旅行の事前・事後学習を行いました。ただ旅行するのではなく、グループごとにテーマを決め、現地でどこを訪れるか・誰に話を聞くのかを考え、最後は課題に対して自分たちなりの解決策を提案する、というプロジェクト型の学習として設計しました」(古谷先生)
例えばAさんのグループは、宇治抹茶の起源とお香の歴史について調べました。
「事前学習で基本的なことを調べたうえで、実際に現地に行って、当事者の方にお話を聞きました。そこで知ったお茶の生産者さんが抱える後継者問題や、お香の伝統文化が浸透していないという課題に対して、事後学習として、茶葉のパウダーを使った食べ物や香水を提案しました」(Aさん)
運動会を前に道徳の授業で理想のチームを考える
修学旅行の事前・事後学習と並行して、これから進路を考える時期を迎える生徒たちの視野を広げ、自己を深める機会も設けています。その一例が、EdTechプログラム「インスパイア・ハイ」の「セッション」を使った授業です。生徒たちは、ガイドのインタビュー動画「ガイドトーク」を視聴したうえで、自分の考えや経験を表現する「アウトプット」、生徒同士で意見をシェアする「フィードバック」、その回の学びを振り返る「リフレクション」に取り組みます。セッションは1本約40分の番組になっており、50人あまりの多彩なガイドによるプログラムが用意されています。
「セッションを通して多様な価値観や生き方、職業などに触れ、自分の中で深める機会を持つことは、生徒たちがどう生きるかのヒントを得ることにつながるはず。こうしたコンテンツを活用しながら、生徒の未来への意欲を触発したい」と古谷先生。前出のAさんも、「セッションを通して自分が知らなかった世界や考え方を知れて、将来の夢や職業を考えるうえで役立つと思う」と語ります。
また、「先生方と一緒に、生徒たちをインスパイアしていきたい」と語るのは、インスパイア・ハイを開発・提供するInspire High創業者・代表の杉浦太一さん。同社のスタッフが各校を回って活用法などをレクチャーするなど、現場の教員と一緒になって生徒の学びに伴走してきました。
「未来を生きる子どもたちに必要な力を身に付けるというのが、シブヤ未来科の狙いです。変化が激しく先行きが見えない未来を生きる子どもたちに対して大人ができるのは、何かを教えることではなく、社会、世界への扉を開くこと。インスパイア・ハイのコンテンツも、いろんな大人の姿を、子どもたちから見えるところにさりげなく置いておく、という感じがいいと思っているんです。どのタイミングで何にどのように感化されるか、スイッチが入るかは、本当に人それぞれ。どれがハマるか分からないからこそ、セッションのバリエーションを増やして出会いのチャンスを広げていきたいと考えています」(杉浦さん)
段階的に進路選択やキャリア意識の形成につなげていく
後期には、前期に取り組んだ課題解決型学習をさらに進展させ、東京大学の学生の協力のもと、アントレプレナーシッププログラムに取り組みます。アントレプレナーシップとは、起業家精神のこと。自己分析や自分がやりたいこと・できること、社会の課題やニーズを掘り下げたうえで、個人またはグループで実際にビジネスプランを立案します。取材時はこのプログラムが始まった時期で、約1カ月間でビジネスプランの立案までこぎ着ける計画だと言います。
そして、課題解決型学習やインスパイア・ハイのセッション、アントレプレナーシッププログラムなどを通して見えてきた、自分の在り方や自分の興味・関心を起点に、その後は進路に向けてMy探究を深めていきます。
「受験勉強と並行して自己分析を重ね、自分が行きたい学校、高校やその先でやりたいことなどを掘り下げていきます。これは入試の面接などでも役に立つでしょうし、何よりこれからの人生を歩むうえでとても大切になるでしょう。受験が終わってからは、卒業後に向けて、個人で調べたいこと、探究したいことに取り組んでもらう予定です」(古谷先生)
シブヤ未来科が始まり半年あまりがたち、現場の先生方はどのように感じているのでしょうか。最後に、古谷先生に今の率直な気持ちをお聞きしました。
「シブヤ未来科は前例のない学びで、私たち教員は手探り状態でここまできました。当初は教科の授業時間が1割カットされると聞いて、正直、戸惑いもありました。今も、時間割の管理に奮闘する日々です。それでも、答えのない問いについて生徒に伴走しながら一緒に深めていったり、新しいことに挑戦したりすることは、私自身とても楽しいです。何より、探究を通して生徒の意外な一面が見えてくることや予想外の成長に驚かされることがとても多く、取り組む価値があると実感しています」(古谷先生)
この記事の執筆者:笹原 風花
ライター・編集者。奈良県出身、東京在住。第2の故郷はオランダ・ライデン。高校生向けの大学受験情報誌の編集部に4年間勤めたのち、制作会社勤務を経て2014年に独立。取材・執筆分野は教育や学びを中心に多岐にわたり、企業の社内報や広告制作などにも携わる。
ライター・編集者。奈良県出身、東京在住。第2の故郷はオランダ・ライデン。高校生向けの大学受験情報誌の編集部に4年間勤めたのち、制作会社勤務を経て2014年に独立。取材・執筆分野は教育や学びを中心に多岐にわたり、企業の社内報や広告制作などにも携わる。