シブヤ未来科のカリキュラムは、総合的な学習の時間を軸に、教科、特別活動、道徳、学校行事の一部も含み、教科横断の総合的な学びとして展開されています。
未来を生きるために必要な力を主体的な学びを通して身に付ける、というコンセプトにもとづき実際にどのような授業が行われているのか、渋谷区立渋谷本町学園を訪ねました。
K-POPダンストレーナーのインタビューから理想のチームを考える
1年生から9年生(中学3年生)まで9学年が同じ校舎で学ぶ、小中一貫教育校の渋谷区立渋谷本町学園。昼休みが終わると、午後は「シブヤ未来科」の時間です。見学したのは9年生の道徳の授業。この日は「理想のチームを考える」をテーマに、オンラインプログラム「Inspire High(インスパイア・ハイ)」を使いながら、授業が行われていました。
生徒たちは、世界中で活躍するさまざまな大人たち(=ガイド)が、自分の生き方や価値観、取り組む社会課題や仕事などについて語るインタビュー動画「ガイドトーク」を視聴したうえで、自分の考えや経験を表現する「アウトプット」、生徒同士で意見をシェアする「フィードバック」、その回の学びを振り返る「リフレクション」に取り組みます。
セッションは1本約40分の番組になっており、科学者、宇宙飛行士、アーティスト、社会活動家、元兵士など50人あまりの多彩なガイドによるプログラムが用意されています。
9年生を担当する古谷香代子先生がこの日選んだのは、NiziUなどのダンス指導をしてきたK-POPダンストレーナーのチョ・セロムさんがガイドを務めるセッション。
翌月に控えた運動会を前に、「仲間と意見が合わないときや一丸となれないときにどう考え行動するか、チームワークや協働について考えるきっかけにしてほしいと考え、このセッションを選んだ」と言います。
教室を、自分の考えを掘り下げ、人の目を気にせずアウトプットできる場に
K-POPダンストレーナーのチョ・セロムさんによるガイドトークを視聴した後のアウトプットの時間には、番組のファシリテーターにより提示された「あなたが考える理想のチームとは?」という問いについて、生徒それぞれが掘り下げ、理由や自らの経験を添えて表現していきます。使うのは、一人一台ずつ持っているタブレット型パソコン。「なんでも言い合えるチーム」「相手のことを思いやるチーム」「全員で頑張れるチーム」「一人ひとりが輝けるチーム」など生徒は自分の考えを打ち込んでいきます。
いわゆるディスカッション形式ではないのは、「周囲の目を気にせず、自分と向き合う時間にしてほしいから」とInspire High創業者・代表の杉浦太一さんは言います。
「セッションでは、ガイドを通したインプット以上に、生徒の主体性を引き出すことを重視しています。10代は周囲の友達にどう見られるかが気になる時期。こんなことを書いたらどう思われるかなという不安を感じることなく表現できるよう、セッションには匿名で参加し、同じ学校の生徒同士はアウトプットを見られない(フィードバックができない)ようにしています。
ディスカッション形式だと人前で意見を言うのが苦手な生徒にとってはハードルが高くなりますし、誰かの発言に反射的にリアクションをするのではなく、一度、自分の中でじっくりと考える時間を持つことも大事だと考えています」(杉浦さん)
学校生活では出会えない世界や多様な価値観から、未来を生きるヒントを得る
古谷先生がインスパイア・ハイのセッションを授業で使うのは、今回で二度目。これから自らの進路を探究する時期を迎える9年生にとって、セッションは「さまざまな世界を知り、視野を広げるうえでも有効」と言います。「私たち教師が生徒に見せられる世界や選択肢には限界があります。セッションを通して、普段の生活では会えない人たちと出会い、多様な価値観や生き方、職業などに触れ、自分の中で深める機会を持つことは、生徒たちがどう生きるかのヒントを得ることにつながるはず。こうしたコンテンツを活用しながら、生徒の意欲や意志を触発できたらと考えています」(古谷先生)
また、授業を受けていた9年生のAさん、Bさんは、次のように話します。
「私自身も含めて、将来の夢や職業が決まっていない子が多いので、セッションを通して自分が知らなかった世界や考え方を知ると、将来を考えるヒントになると感じています。私は人を支える仕事に興味があるので、これからの探究を通して自分がやりたいことを掘り下げていきたいです」(Aさん)
「僕は他の人の考えや自分とは違う意見を聞くのが好きなので、セッションのガイドトークで新しい視点を知ったり、他の生徒のアウトプットを見て自分の考えを深めたりできるのは面白いです。シブヤ未来科では、自分で考える力や幅広い視点が身につくので、今後の人生にも役立つんじゃないかと感じています」(Bさん)
探究学習は「学びの主導権を子どもに返す」チャンス
EdTechプログラム「インスパイア・ハイ」は、Inspire Highが掲げる「世界中の10代をインスパイアする」というミッションにもとづいて作られたもの。もともとはガイドとリアルタイムでつながる、個人向けの生配信オンラインプログラムでした。ただ、この形式だと「参加してくれるのは、すでにインスパイアされている意識の高い子たち。そうではない子、悶々としている子に好奇心や主体性の種を届け、一歩踏み出すきっかけをつくりたかった」と杉浦さんは振り返ります。コロナ禍による学びのオンライン化やGIGAスクール構想によるデジタル環境の整備、高校での探究の必修化などのタイミングが重なったこともあり、学校向けのプログラムを開発・提供したところ、大きな反響があったと言います。
「多くの人にとって勉強は、自分の意思とは無関係に、しなくてはならないからするものになっています。しかし本来は、知的好奇心やあんなふうになりたいというロールモデルへの憧れがあってこそ、学びへの欲求は駆動するものです。また、AIの技術革新に代表されるような変化が激しく先が見えない今の世の中においては、大人が子どもに知識や技能を教えるという行為自体の意味が変わってきています。学びの主導権を子どもに返す。その転換が、今、探究学習という形で始まろうとしているのではないかと感じています」(杉浦さん)
杉浦さんたちの思いは、渋谷区が目指すシブヤ未来科の在り方と一致。さらに、学校や教員だけで全てを担おうとせず、外部と積極的に連携・協力する、という渋谷区のスタンスとも合致しました。
「インスパイア・ハイが、Howを教えるのではなくWhyをつくるプロダクトであるところに共感してもらえたのだと理解しています。現場の先生方や生徒たちの意見を取り入れながら、よりよい学びの素材を提供するのが私たちの役割。そして、その素材をどう料理するかは、教育のプロである先生方の腕の見せどころだと思っています。私自身、現場の先生方の熱い思いに触れるたびに感化されています。これからも先生方と一緒に、生徒たちをインスパイアしていきたいです」(杉浦さん)
この記事の執筆者:笹原 風花
ライター・編集者。奈良県出身、東京在住。第2の故郷はオランダ・ライデン。高校生向けの大学受験情報誌の編集部に4年間勤めたのち、制作会社勤務を経て2014年に独立。取材・執筆分野は教育や学びを中心に多岐にわたり、企業の社内報や広告制作などにも携わる。
ライター・編集者。奈良県出身、東京在住。第2の故郷はオランダ・ライデン。高校生向けの大学受験情報誌の編集部に4年間勤めたのち、制作会社勤務を経て2014年に独立。取材・執筆分野は教育や学びを中心に多岐にわたり、企業の社内報や広告制作などにも携わる。