毎日午後は探究学習「シブヤ未来科」がスタート! 教科の時間1割減、カリキュラムや受験への影響は?

東京都渋谷区の区立小中学校で、「午後の授業時間を丸ごと探究学習に充てる」という大胆なカリキュラムがスタート。「シブヤ未来科」のコンセプトや進学への影響について、渋谷区教育委員会事務局 教育指導課指導主事の柳田俊さんにお聞きしました。

東京都渋谷区の区立小中学校では、2024度より探究学習「シブヤ未来科」がスタート。「午後の授業時間を丸ごと探究学習に充てる」という大胆なカリキュラムは、世間を驚かせました。

保護者として気になるのは、どのようなカリキュラムなのか、そして、通常の教科学習や進学・受験への影響はないのかということ。「シブヤ未来科」のコンセプトや概要について、渋谷区教育委員会事務局教育指導課指導主事の柳田俊さんにお聞きしました。

新しい学校づくりを推進する渋谷区、「シブヤ未来科」の挑戦

渋谷区では、渋谷区基本構想で掲げる未来像「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」の実現のため、「未来の学校」プロジェクトをハード・ソフトの両面で進めてきました。

ハード面では、今後20年間かけて区立小中学校校舎の建て替えを行います。一方、ソフト面で取り組むのが、教育DX、そして探究学習「シブヤ未来科」です。
 
「これからの時代を生きていく子どもたちには、どのような資質・能力が必要かという議論は、国内外で活発に行われてきました。文部科学省の学習指導要領やOECDがまとめたEducation2030 projectでは、自ら問いを見つけ課題を解決する力、対立やジレンマがあるなか他者と協働して新たな価値を生み出す力などが強調されています。

こうした背景があったうえで、渋谷区としては、『自ら考え判断して学び続ける自己調整力』『多様な仲間と協働して新たな価値を生み出す創造力』『自分が思い描く未来を実現する挑戦力』の3つを、未来を生きるために必要な力と定めています。これらの力を育むために探究学習・シブヤ未来科をスタートさせました」(柳田さん、以下同)
 
探究学習とは、自分が興味・関心のあるテーマについて自ら問いを立て、知識や情報を収集・整理したりアクションを起こしたりしながら深めていく学びのこと。

シブヤ未来科では、児童生徒一人ひとりが探究するテーマを自分で決め、「My探究」に取り組みます。企業や地域の協力による体験学習の機会も多く、探究活動を通して、自己調整力や創造力、挑戦力を育んでいきます。
神宮前小学校
区立神宮前小学校の5年生は、同校の卒業生であるデザイナー・丸山敬太さんとともにTシャツをデザイン。商品化し、販売もされる予定です。
 「昨年度、先駆けて探究学習をスタートさせたモデル校では、ギターがうまくなる方法をひたすら探究する生徒、ダンスに打ち込む生徒など、それぞれが好きなことに取り組む姿が見られました。

また、『環境にやさしい未来の学校づくり』をテーマにMy探究に取り組んだある児童は、資料を調べたり社会科や理科で学んだ知識を活かしたりしながら校舎やエコシステムの要件を整理し、似たテーマの友だちと意見交換をしながら、教育版マインクラフトで理想の学校を表現しました。

このように自分の好きを突き詰めることから始めて、最終的には、それらを地域や社会のニーズや困りごとに掛け合わせるような課題設定ができるようになるといいなと考えています」

「授業時数特例校制度」で総合的な学習の時間を倍増

シブヤ未来科の活動には、基本的に午後の授業時間を充てています。授業時間数を調整するため、26校ある全区立小中学校で、文部科学省が定める「授業時数特例校制度」の認可を取得。

この制度を利用すると、主要教科(週1時間の教科などを除く教科)の時数を最大1割カットし、学校設定科目等に置き換えることができます。渋谷区では、カットした時数を「総合的な学習の時間」にあて、この時間をシブヤ未来科の軸としています。
 
「例えば、小学6年生では、学習指導要領に定められた総合的な学習の時間の標準時数は70時間(週2時間)です。これが渋谷区では、2倍以上の155時間になっています。教科の枠組みを超えて学ぶシブヤ未来科は、この総合的な学習の時間に加えて、教科、特別活動、道徳、学校行事の一部なども含み、トータルの時間数はさらに多くなります」
 
主要教科の時数を1割カットした結果、履修範囲が終わらないなどの問題はないのでしょうか。計画段階では、現場の教員や地域、保護者の間で懸念する声もあったといいます。
 
「教科書の指導内容は、もともと標準時数の9割程度に収まる量になっているため、学習すべき内容は基本的には授業時間内で押さえられると考えています。一方で、学年や科目によっては、従来の9割の時間に圧縮するのが難しいものもあり、そこは各学校長の判断のもと工夫しています。例えば、小学5年生の算数のグラフの単元は、探究学習で使う統計の要素を含みます。そこで、単元の一部の発展的な内容を探究基礎として位置付け、総合的な学習の時間で取り扱っている学校もあります」

教科学習は大丈夫? 高校受験への影響は?

中学3年生も「My探究」に取り組みますが、気になるのが高校受験への影響です。これに対して柳田さんは、「探究は独立したものではなく、教科と密接に関わるものであり、受験においてはむしろ好影響があると考えている」と言います。
 
「私たちは、探究と教科とを切り離して考えることはしていません。探究の場で、教科の内容がどのようなシーンで役立つかを実感できれば、教科学習へのモチベーションも上がるでしょう。実際、モデル校を対象にした調査でも、教科学習に対する姿勢に変化が見られた、より意欲的、主体的に取り組むようになったという報告があります。なかには、まだ肌感覚ですが、定期考査の成績が全体として良くなっていると感じるという声もあります」
 
また、昨今の入試は、知識・技能だけでなく、思考力・判断力・表現力が試されるものに変わってきています。「こうした力は、まさに主体的に取り組む探究を通して育まれる」と言います。
 
「これからの時代を生きるための力といっても、なかなかイメージがしづらくもあるでしょう。当初は地域や保護者の皆さんの理解が得られるだろうかという懸念もありました。しかし渋谷区としても、各学校としても、積極的に探究の意義や取り組みについて発信してきたこともあり、一定の理解や支持を得られていると考えています。また、学びに向かう姿勢や非認知能力といった数値化が難しいものについても、振り返り用のアプリケーションを作成し、子どもたちに定期的に回答してもらい効果検証を続けています」
 
これまでに大きな問題やクレームなどはなく、むしろ保護者からはポジティブな反応のほうが多いと言います。
 
「PTAを通して届く保護者の意見・感想で特に多いのが、子どもが自宅で学校の話をすることが増えた、という声です。PTAの方々からも、自分たちも子どもたちの学びを応援したい、積極的に関わりたいという力強い声をいただいています。連携先の企業や地域の方々は、のべ300あまりに上り、社会全体で子どもを育てるという私たちの思いに共感してくださる方が多く、ありがたい限りです」
 
シブヤ未来科の取り組みについて、全国の自治体からの視察や問い合わせが相次いでいるという渋谷区。最後に柳田さんは、「日本の教育を渋谷区から変えていきたい」と語ってくれました。
 
この記事の執筆者:笹原 風花
ライター・編集者。奈良県出身、東京在住。第2の故郷はオランダ・ライデン。高校生向けの大学受験情報誌の編集部に4年間勤めたのち、制作会社勤務を経て2014年に独立。取材・執筆分野は教育や学びを中心に多岐にわたり、企業の社内報や広告制作などにも携わる。
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