行き過ぎた完食指導は、子どもたちの心に深い傷を残す
好き嫌いなく、残さず食べることを教える「完食指導」。本来は、食べ物を大切にすることや児童の健康的な発育を目的として行われるものだが、行き過ぎた指導によって児童の心身にさまざまな影響を及ぼす可能性もある。文部科学省が発行している『食に関する指導の手引』には、偏食により食事量が極端に少ない児童においては、「児童生徒の努力を認め偏食改善への意欲をもてるよう留意」した上で、「日々の給食指導においては、児童生徒自身が苦手な食品についてその日食べる量を決定し、完食することを目標とした個に応じた指導を継続的に行う」と記載されている(*)。
完食することを目標としつつも、結果だけではなくプロセスを重視して指導していくことの重要性が読み取れる。
実際の教育現場では、どのような指導が行われているのだろうか。大阪府の公立小学校教員である白石先生(仮名)に、給食指導で大切にしている視点について聞いた。
「食べる量を減らしてもいい」変わる給食指導
毎年新年度を迎えると白石先生が勤める小学校では、学校給食センターから「教職員向け給食指導の手引き」と、校内の生活指導部から給食指導についての提案書が配布される。そこにはどのようなことが書かれているのだろうか。「給食準備の流れや食べるときのマナー、食物アレルギーがある児童への対応などについて書かれています。例えば校内で配布されている資料には、『食器は手に持って、または手を添えて食べる』『食べ物を口に入れたまま話をしない』『食後のあいさつをする』など基本的なマナーについての記載があります」
アレルギー対応や校外学習などに伴う給食停止の手続きに関するルールは徹底して守るが、給食時のマナーに関しては各担任が柔軟に決めている部分もあるという。では、完食指導を行うことはあるのだろうか。
「子どもたちに残さず食べることを強いることはありません。教員間でも完食指導を推進するような話題があがることはないです。ただ、『完食の木』というプリントを配布して、子どもたちが給食の目標を達成しやすくなるような仕組みはあります」
「完食の木」には、中央に大きな木のイラストが描かれており、目標を達成するたびに木の実を塗りつぶすことができる。目標は各クラスの実態に合わせて子どもたちで決めることが推奨されている。すべての木の実を塗りつぶすことができたら、給食センターから感謝状と「サンクスキャロット(汁物食缶に入った型抜きにんじん)」が届く仕組みだ。
教職員向け給食指導の手引きには、「あくまでも、無理して食べさせるような指導にならないようご注意ください」と書かれており、行き過ぎた完食指導にならないよう配慮されている。
自分が食べられる量を知り、先生に“伝える力”を育む
現在、小学校1年生の担任を務める白石先生は、食べ始める前にそれぞれの子どもたちが食べる量を調節できるルールを設けているという。「どの学年を担任していても、『食べきれないと思ったら最初に減らしてね』と言うようにしています。食べる量を減らしたい子や増やしたい子にはお皿を配膳台まで持ってきてもらって、量を調節したあとに全体で『いただきます』のあいさつをします。その上で、『お皿の上に乗っているものはできるだけ全部食べようね』と言うことはあります」
規定の量を完食することよりも、自分で食べられる量を把握し、それを先生に“伝える力”を養うことを重視しているのだ。保護者から「無理にでも食べさせてほしい」と言われることはなく、「事前に減らせて助かります」という声が多く寄せられているという。
給食の時間を通して、子どもたちに何を伝えていくのか
そもそもなぜ子どもたち自身で、食事の量を調節するような指導をするようになったのだろうか。そこには、学校の完食指導によって苦しんできた人々の声が影響していると白石先生は言う。「学校に行きたくないというほど、給食の時間がつらいと思っている子の話を聞いたことがあります。そのため食事の時間が苦にならないようにすることは、特に意識しています。大人でも、子ども時代に嫌いな食べ物を無理やり食べさせられた経験がトラウマになっている人が多くいるでしょう。
また感覚過敏で味覚な敏感なために、偏食につながっていることもあります。けれど、成長していくにつれて、味覚は変化していくこともあります。子どものときに苦手だった食べ物が大人になってから食べられるようになった経験は、きっと多くの人がしているのではないでしょうか。
だから、子ども時代に必ずしも好き嫌いなく食べさせる必要はないと思っています。ただ食べず嫌いなこともあるため、そのあたりの指導は難しいですね」
好き嫌いなくバランスよく食べてほしいという大人の思いはありつつ、それを伝えようとするあまり、食べることを強要してしまっては、子どもたちに深い傷を残すことになる可能性もある。
給食の時間を通して、何を伝えるのか――。現場の教員は、試行錯誤を続けている。
この記事の執筆者:建石 尚子
大学卒業後、5年間中高一貫校の教員を務める。フィンランドにて3カ月間のインターンを経験したのち、株式会社LITALICOに入社。発達に遅れや偏りのある子どもやご家族の支援に携わる。2021年1月に独立。インタビューライターとして、教育や福祉業界を中心にWEBメディアや雑誌の記事作成を担当。
大学卒業後、5年間中高一貫校の教員を務める。フィンランドにて3カ月間のインターンを経験したのち、株式会社LITALICOに入社。発達に遅れや偏りのある子どもやご家族の支援に携わる。2021年1月に独立。インタビューライターとして、教育や福祉業界を中心にWEBメディアや雑誌の記事作成を担当。