「東大女子とは付き合いたくない」男子学生たち
「東大女子とは付き合わないよな」
関西から東大進学を機に上京した美咲さん(仮名)は、予備校時代、男子学生たちのそんな会話に驚いた経験がある。
女性の4年制大学進学率は年々増加し、数字の上では男女差が縮まっているようにも見える(※1)。しかし、特に都市部から離れた地域では、「男子は偏差値の高い大学を目指すメリットがあるが、女子にそれほど高い学歴は必要ない」という価値観が残っているのではないか。
親から子へ、受け継がれるステレオタイプ
関西の中高一貫校に通っていた美咲さんは、中学生のとき、受験指導塾の「東大模試」を受けたことをきっかけに、東大受験を考えるようになった。「両親は、関西の大学に行ってほしかったようです。父は、『東京は危ないからだめだ』と言いました。それでも勉強を続けていたのですが、高3のときに受けた模試で、東大の現役合格が難しそうに。私は浪人してでも東大を目指したかったのですが、母に、『女の子が、そこまでがんばっていい大学に行かなくてもいいんじゃない?』と反対されました」(美咲さん)
「特に地方の女子学生は、両親から浪人を反対される傾向があります」と言うのは、教育分野のジェンダーギャップ解消に取り組む東京大学の学生団体「#YourChoiceProject」の江森百花さんだ。
「東大に落ちた男の子は、浪人を認めてもらえる。でも、女の子が東大に落ちると、滑り止めの大学に進学するよう、周りの人からすすめられる。例えば、東大に落ちてお茶の水女子大に受かった女の子は、浪人を選択しない傾向があるのに、男の子の場合は滑り止めの大学にはいかず浪人の選択をする傾向にあるんです。受験生本人の中にも、『女の子は浪人しないほうがいい』という上の世代から受け継いだステレオタイプが根づいていて、逸脱するのが怖いという思いがあるのではないでしょうか」(江森さん)
同プロジェクトが行った調査でも、「自分が志望する大学に行くためなら浪人したい」と考える地方在住の女子学生は、男子学生や首都圏の女子学生に比べ少ないという結果が出ている。
なお、東大の本郷キャンパスがある文京区は、東京都内の犯罪発生率ランキングでは下位に属する。駒場キャンパスの周辺に位置する世田谷区も住みやすい地域として知られている。夜間に単独での行動を避けるなど防犯対策をしっかり行う、住む前に地元の人や不動産屋などに聞いて治安のよい地域を選ぶなどすれば、多くの危険を減らせる可能性がある。#YourChoiceProjectは、漠然とした不安で進学先の選択肢を狭めてしまうほど、一概に「東京は治安が悪い」と言うことはできないのではないかと指摘する。
合コンで大学名を隠そうとする「東大女子」
美咲さんが東大受験を目指し勉強していた当時、東京大学名誉教授の上野千鶴子さんによる、入学式の祝辞がメディアなどで取り上げられ、話題になった。祝辞の中で上野さんは、他大学との合コンで大学名を聞かれ、「東京、の、大学…」と答えたという東大の女子学生の例を紹介している。男子学生は東大生であることに誇りを持ち、迷いなく答えられるのに、女子学生は東大生であることを隠そうとするというのだ。
ニュースを見た美咲さんの父親は、「世間には男女差別がまだまだあって、自分より賢い女性とは付き合いたくないと考えている男性が多い。だから、東大に行くのはやめたほうがいい」と美咲さんに語ったそうだ。
「うちの両親は地方公務員です。2人とも同じ職場で働いていて、忙しさも同じくらい。父も当たり前のように掃除や料理をしていました」と美咲さんは振り返る。
「私の父は、『男性は仕事、女性は家事・育児に専念するべき』というような、古い価値観には縛られていません。でも、『差別は存在する』『女性の1人暮らしは危ない』と事実を突きつけられて、反論できませんでした。確かにそうだなと納得できる部分もあって」(美咲さん)
美咲さんはもともと負けず嫌いな性格もあり、それでも東大を目指して受験勉強を続けた。
「両親に反対されても、私はどうしても東大に行きたかったんです。私の意志が変わらないので、親も半ばあきらめて応援してくれるようになりました。最後は『粘り勝ち』みたいな感じですね」と美咲さん。一浪を経て、東大に合格することができた。
入学後、美咲さんはジェンダー学の授業を履修した。
「ジェンダーについて学ぶことで、両親との関係や、これまで見聞きした言葉についての理解が深まりました。東大受験を反対されたことも、当時は『女性だから』とはっきり意識していなかったけど、今考えると、根底にはジェンダーバイアスがあったのかな」と美咲さんは振り返る。
自分の中のステレオタイプに気づく
この春、3年生になった美咲さんは、東京での就職を目指し、準備を始めている。「企業のWebサイトなどで情報収集をしていると、『女性でも働きやすい』という表現をよく目にしますが、そもそも『女性』を強調しなければならない状況がおかしいと思うんです。言葉の裏側に、『子育てをするのは女性』という前提がある気がして。女性だけが、産休・育休のとりやすさや時短勤務制度について調べたり、出産しても続けやすい仕事を探したりしなければならないのは、いやだなあと思います」(美咲さん)
「世界経済フォーラム」が毎年公表しているジェンダー・ギャップ指数のランキングで、日本の順位は146カ国中125位(2023年)。美咲さんが言う通り、「女性が働きやすい環境です」と企業が強調しなければならない状況は、国際的に見ても歪んでいる。
ステレオタイプは、自分とは関係ない、どこか遠い場所で起こっている問題ではない。性別や世代、住んでいる地域にかかわらず、あらゆる人の意識の中に、いつの間にか深く入り込んで私たちの言動を決めている。日常の中で、美咲さんが抱いたような違和感を見逃さず、何気なく発する言葉が固定観念に基づいているかもしれないと自覚することから、周りの世界が変わっていくのかもしれない。
【出典】
なぜ、地方の女子学生は東京大学を目指さないのか【2023年度調査結果】(#YourChoiceProject)
この記事の執筆者:髙橋 三保子
言編み人/インタビューライター/エディター 北海道生まれ。通信社記者を経て2012年からフリーランスに。 人と組織のストーリーを引き出すインタビューを得意とする。 執筆ジャンルは人事・HR領域、サステナビリティ、暮らし、日本文化など。
言編み人/インタビューライター/エディター 北海道生まれ。通信社記者を経て2012年からフリーランスに。 人と組織のストーリーを引き出すインタビューを得意とする。 執筆ジャンルは人事・HR領域、サステナビリティ、暮らし、日本文化など。