菜の花に彩られた沿線を進む
上総牛久駅から5分で上総鶴舞駅に到着。駅周辺は菜の花が咲き乱れている。古びて味わいのある駅舎や駅裏にある旧発電所などの建物が国の登録有形文化財になっている。ここで11分停車し、駅周辺の情景をじっくり眺められるのは観光列車ならではの計らいだ。次の上総久保駅は片面ホームの反対側にあたる右手が菜の花畑になっている。車内放送での案内があったので、窓を少し開けて撮影してみた。ドアは開かないけれど30秒ほどの停車は、ビュースポット見物のためでもあるようだ。 高滝湖を中心とした観光エリアの最寄り駅・高滝に停車(すぐに発車するのでホームには降りられない)すると、続いて里見駅に停車。ここでは列車行き違いもあるので17分停車する(土休日は10分ほどの停車時間)。土休日限定でお弁当の販売もあるけれど、乗ったのは平日だったので、駅前の売店スペースは人気(ひとけ)もなく商品もまったく置いておらず閑散としていて寂しい。 里見駅の先は山深くなり、トンネルもある。列車はエンジン音を響かせながらゆっくりと進む。飯給(いたぶ)駅脇には「世界一大きなトイレ」Toilet in Natureがあるが、車内からは黒い壁が見えるばかりだ(中がよく見えたら困るだろう)。
養老渓谷駅が近づくと、左右に菜の花畑が広がる。石神の菜の花畑として有名なスポットで、平日にもかかわらず大勢の撮影者が列車に向けてシャッターを切っていた。
ホーム脇に足湯がある養老渓谷駅は観光地の駅らしくにぎわっていて、かなりの人が降りて行った。列車の終点は次の上総中野駅だが、この先は列車本数が激減するので、養老渓谷駅と上総中野駅の一駅間の乗車に限って、指定料金は不要になる。列車はラストスパートどころか一段とスピードダウンし、のろのろと山間部を進む。
終点・上総中野駅ではいすみ鉄道に接続
やっとのことで上総中野駅に到着すると、別のホームではいすみ鉄道の列車が観光急行列車の到着を待っていた。乗り継げば、大原まで行け、列車による房総半島横断が可能になる。何人かは、いすみ鉄道に乗り継いで旅を続けるし、いすみ鉄道でやってきて、折り返しの観光急行列車に乗る人もいる。ふだんは閑散としている駅も2つの鉄道の列車が発着する時だけはにぎわう。13分の停車時間の後、キハ40形観光急行列車は五井に戻る。帰りは上総牛久駅での23分停車以外の長時間停車はなく淡々と走っていく。往路で充分満足したので、停車時間が短くせわしないのも気にならない。
ともあれ、黄色いじゅうたんのような菜の花畑は鮮やかで見ごたえたっぷり。これから4月にかけては桜も咲き、沿線は訪問客でにぎわうことだろう。トロッコ列車は走らないけれど、その代役を務めるレトロなキハ40形も充分に魅力的な列車である。 乗車記念にいただいた硬券は、五井発、安房小湊行きとなっていた。小湊鐵道と名乗ってはいるが、上総中野駅が終点となって、列車は小湊にたどり着くことはない。果たせなかった夢を、せめてきっぷの上だけでも実現したいとの思いが伝わってくるようだ。
この記事の筆者:野田隆
名古屋市生まれ。生家の近くを走っていた中央西線のSL「D51」を見て育ったことから、鉄道ファン歴が始まる。早稲田大学大学院修了後、高校で語学を教える傍ら、ヨーロッパの鉄道旅行を楽しみ、『ヨーロッパ鉄道と音楽の旅』(近代文芸社)を出版。その後、守備範囲を国内にも広げ、2010年3月で教員を退職。旅行作家として活躍中。近著に『シニア鉄道旅の魅力』『にっぽんの鉄道150年』(共に平凡社新書)がある。
名古屋市生まれ。生家の近くを走っていた中央西線のSL「D51」を見て育ったことから、鉄道ファン歴が始まる。早稲田大学大学院修了後、高校で語学を教える傍ら、ヨーロッパの鉄道旅行を楽しみ、『ヨーロッパ鉄道と音楽の旅』(近代文芸社)を出版。その後、守備範囲を国内にも広げ、2010年3月で教員を退職。旅行作家として活躍中。近著に『シニア鉄道旅の魅力』『にっぽんの鉄道150年』(共に平凡社新書)がある。