会話の中で受け答えする際、無意識に「いえいえ」という言い回しを使っている人は多いでしょう。ビジネスシーンでもよく使われていることばですが、「いえいえ」には謙遜や否定の意味があり、使い方を誤ると相手に不快な思いをさせてしまう可能性があるため注意が必要です。そこで本記事では、現役フリーアナウンサーの酒井千佳が「いえいえ」の正しい使い方、言い換えの表現などについて詳しく解説します。
<目次>
・「いえいえ」は敬語表現ではない
・「いえいえ」の使い方と例文
・「いえいえ」の言い換え表現
・「いえいえ」を使うときの注意点
・まとめ
「いえいえ」は敬語表現ではない
結論からお伝えすると、「いえいえ」という言い回しを単体で使う場合、敬語表現にはなりません。
そもそも「いえいえ」という言い回しは「いいえ」を柔らかく表現したことばで、相手に「いいえ」とはっきり伝えて不快な思いをさせてしまうことを避けるために使われ始めたといわれています。後述しますが、現在「いえいえ」という言い回しは「謙遜の表現」と「否定の表現」の2つの意味を持つことばとして使われています。
とはいえ、いずれの意味合いであっても相手の発言を打ち消すようなシーンで使われることが多いため、目上の人に使う敬語としては好ましくないとされているのです。
「いえいえ」の使い方と例文
先にお伝えした通り、「いえいえ」という言い回しには大きく分けて2つの意味があり、1つが「謙遜」の意味、もう1つが「否定」の意味です。単体ではなく、あとに続くことばを工夫することで敬語として使うことができるため、それぞれの使い方について具体的な例文を見ながら考えていきましょう。
・謙遜の場合
一般的に、否定の意味よりも、相手のことばに対し謙遜する意味合いで「いえいえ」を使う人の方が多いでしょう。例えば、相手から感謝されたり、思いもよらず褒められたときなどは、日常シーンでも「いえいえ、それほどでもないですよ」などと使っているはずです。これはビジネスシーンでも同じで、上司から褒められたときなどは、以下のような使い方として活用できます。
・いえいえ、それほどでもございません。
・いえいえ、とんでもないことでございます。
・いえいえ、どうかお気になさらないでください。
・いえいえ、こちらこそ誠にありがとうございました。
・いえいえ、こちらこそお喜びいただきうれしいかぎりです。
相手に対し、こちらがへりくだった姿勢を見せる際に使われる表現であるため、あとに続くことばを見極めて使いこなすことで、相手に好印象を与えることができます。
・否定の場合
否定の意味合いで使う場合は、基本的に「目上から目下の人に向けて使う」表現方法となります。そのため、上司に向けて使う際はとくに注意してあとに続くことばを選ばなければなりません。相手から言われたことに対し、否定の意味で「いえいえ」と目上の人に伝える場合は、以下のような使い方をすると角が立ちにくいでしょう。
・いえいえ、そうではございません。
・いえいえ、期限につきましてはこちらで調整させていただきます。
・いえいえ、お手間は取らせません。
・いえいえ、私からは付け足すことは何もございません。
否定の意味での「いえいえ」の使い方は、謙遜の表現より複雑です。例えば上司や取引先、顧客が言ったことに対し否定の意味で「いえいえ」と使う場合、低姿勢になりながら笑顔で対応していることが多いはずです。
しかし、結局は相手のことばを否定していることになるため、相手に「へらへらして失礼な態度だ」という印象を与えてしまうことが多々あるのです。一概に言うことは難しいですが、ビジネスシーンにおいては「いえいえ」と砕けた表現ではなく、はっきりと「いいえ」と伝えた方が印象が良い場合もあるということを理解しておきましょう。
「いえいえ」の言い換え表現
ビジネスシーンでは「いえいえ」という言い回しを使うことで、相手が否定の意味と捉えて不快な印象を持たれることがあると解説しました。とはいえ、謙遜の意味でつい「いえいえ」と答えてしまうことも多いでしょう。
そこで、こちらでは「いえいえ」という言い回しの代わりに使える表現をご紹介します。意識して使うことで自然に発することができるようになるので、ぜひ日常的に使ってみてください。
・お気になさらず
「いえいえ」の言い換え表現として、最も手軽に使えるのが「お気になさらず」という言い回しです。
「お気になさらず」という言葉は、物事に対して「心配ありません」「気にしなくてもいいです」「大丈夫です」といったことを伝える意味で使います。相手がこちらの心配をしてくれたときや、気にかけてくれていたことが分かったときに使うと好印象でしょう。「お気になさらないでください」と丁寧な表現にすることで、目上の人や取引先の人に対する「いえいえ」の言い換えとして最適な言い回しとなります。
また、「お気になさらず」という表現は相手の提案に対して遠慮するとき、謙遜するときなど幅広く使われています。例えば、取引先を訪れて飲み物を勧められた際に「すぐに失礼しますので、お気になさらないでください」と言ったり、手伝いの申し出を受けた際に「1人で事足りますので、お気になさらないでください」などと伝えれば、相手に不快な思いをさせずに断ることができます。
・滅相もございません
謙遜する意味で目上の人に対して「いえいえ」と使う場合には、「滅相もございません」という言い回しもおすすめです。
「滅相」とは「あるはずのないさま」「とんでもないさま」といった意味を持つ形容詞で、「滅相もない」と表現することで相手のことばを謙遜しながら断る言い回しとして使うことができます。例えば、相手に仕事の仕上がりを褒められたときには「滅相もないです。ありがとうございます」といった表現で、大役を任されて断りたいときには「いえ、実績のない私が滅相もありません」といった表現で伝えることで、できるだけ相手に「否定された」というマイナスイメージを与えず話を進めることができます。
ただし、現代では良しとされているものの、本来「滅相もありません」「滅相もございません」は誤用といわれています。かなり厳格な状況では「滅相もないことでございます」が正確な言い回しとなるため、その点だけ理解しておきましょう。
・お役に立てて光栄です
謙遜する気持ちを表したい場合は「お役に立てて光栄です」という表現も有効です。
人に褒められたり、大役を任されたりして名誉に思うことを「光栄」といい、実際皆さんもビジネスシーンだけでなくさまざまな場面で「光栄でございます」「光栄に思います」などと返答している様子を見たことがあるでしょう。今回は、「いえいえ」の代わりに「お役に立てて光栄です」という言い回しを紹介していますが、「お役に立てて」の部分を変えることで、幅広く使えるのが「光栄です」という表現の特徴です。
こちらと相手の立場に関係なく、気軽に感謝の気持ちを伝えられることばとして覚えておくといいでしょう。かしこまった状況であれば「光栄に存じます」と表現すると、相手により良い印象を与えることができます。
・とんでもないことでございます
「滅相もございません」とよく似た使い方をされるのが、「とんでもないことでございます」という言い回しです。
そもそも「とんでもない」には、「全く思いがけない」「決してそんなことはない」といった意味があり、一般的に目上の人や取引先の相手などから褒められたり、感謝の気持ちを述べられたりした際、「とんでもありません」「とんでもございません」といった言い回しが使われています。
しかし、実は「とんでもない」で1つの形容詞であるため、「とんでも+ございません」と分けて使うのは不適切です。そのため「とんでもない」を敬語として使う際は、「とんでもないことです」「とんでもないことでございます」といった言い回しが正しいということを頭に入れておきましょう。
関連記事:「とんでもございません」は間違い敬語? ビジネスでの正しい使い方や例文をアナウンサーが解説
「いえいえ」を使うときの注意点
ビジネスシーンで「いえいえ」と言うときの正しい使い方について解説してきました。余計な誤解を生まないためには、ほかの言い回しに変えてしまうのが1番ですが、それでもつい「いえいえ」を使ってしまうこともあるでしょう。そんなときに押さえておきたいポイントについてご紹介します。
・「いえいえ」の一言で終わらせない
「いえいえ」を使う上で何より大切なのは、その一言で会話を終わらせてしまわないことです。
前述したように、「お気になさらないでください」や「滅相もございません」といったことばとうまく組み合わせて、相手のどの部分に謙遜しているのか、あるいは否定しているのかを伝えることで、トラブルを避けることができます。「いえいえ」は謙遜、否定両方の意味を持つとお伝えしましたが、実際に目上の人や取引先の相手と話す場合は謙遜の意味で「いえいえ」を使うのが賢明です。相手の提案に対し、万が一無意識にも「いえいえ」を単体で使ってしまった場合、相手を突き放すような冷たい印象を与えてしまいかねません。
否定の意味ではなるべく使わないようにし、使う際には必ず後ろに伝えたいことばを添えて、相手に意味合いが伝わるようにしましょう。
・誤解されないように気を付ける
「いえいえ」を単体で使うと、あからさまに相手の提案や意見を否定する「いいえ」の意味と間違えて受け取られてしまうおそれがあります。こちらが謙遜の意味で使ったとしても、相手が誤解してマイナスイメージを持たれてしまうことがあるため、基本として「いえいえ」は謙遜を表す場合の使用にとどめ、否定をしたいときには「いいえ」を用いるなど、自分の中で線引きしておくと安心です。
・使いすぎないようにする
謙遜するあまり「いえいえ、いえいえいえ……」などと、むやみやたらと「いえいえ」を多用するのは好ましくありません。
褒めてくれた相手に対して謙遜する姿勢を表現するのは悪いことではありませんが、「いえいえ」を何度も繰り返すのは、逆に考えれば「はい」を繰り返して「はいはい」と答えているのと同じことです。目上や同僚など立場を問わず、「いえいえ」を多用すると印象が悪くなる可能性が高いため、繰り返さないように注意しましょう。
まとめ
「いえいえ」ということばの正しい使い方や言い換えについて解説しました。ビジネスシーンで日常的に使われている「いえいえ」という言い回しには、大きく分けて「謙遜」と「否定」2つの意味があります。いずれの意味であっても、単体で使ってしまうと相手に不快な印象を抱かせてしまう可能性があるため、状況や会話の流れをよく考えた上で、適切なことばを組み合わせて使うことが大切です。
リスクを避けるためには、できるかぎり「お気になさらないでください」「お役に立てて光栄です」といった言い換え表現を使うのがおすすめです。押さえておくべき注意点を意識しながら、ビジネスシーンで「いえいえ」をうまく使いこなしていきましょう。
■執筆者プロフィール
酒井 千佳(さかい ちか)
フリーキャスター、気象予報士、保育士。
京都大学 工学部建築学科卒業。北陸放送アナウンサー、テレビ大阪アナウンサーを経て2012年よりフリーキャスターに。NHK「おはよう日本」、フジテレビ「Live news it」、読売テレビ「ミヤネ屋」などで気象キャスターを務めた。現在は株式会社トウキト代表として陶芸の普及に努めているほか、2歳からの空の教室「そらり」を主宰、子どもの防災教育にも携わっている。