いまでは気鋭の教育ジャーナリストとして知られる、おおたとしまさ氏が、プライベートでは新米パパであり、仕事では駆け出しのフリーライターだった約15年前にAll Aboutで綴っていた子育てエッセイ連載「パパはチビのヒーローだ!」が、このたび『人生で大切なことは、ほぼほぼ子どもが教えてくれた。』(集英社文庫)という文庫になった。
刊行を記念して、文庫に収録されている約60本のエッセイのうち11本を厳選して連載する。All Aboutのかつての人気連載が15年ぶりの復活だ。
教育ジャーナリストが自戒の念を込めておくる現役パパへのメッセージ
【第8回】おシゴト・おカネを語ろう!
自分が働いているところを子どもに見せたことのあるパパはどれくらいいますか? 会社に子どもを連れて行くわけにはいかないし、なかなか難しいことですよね。「パパのおシゴトは会社に行くこと」「おカネは銀行からもらうもの」って思っている子どもは多いんじゃないでしょうか。まだ子どもが小さなうちは、仕事のこととかお金のこととか、伝えるのはちょっと早いかなと思うかもしれません。しかし、会社員という働き方がこれほどまでに広まったのはこの戦後のこと。それまでは、親が家のまわりの畑で農作業をする姿や、家に併設された工房でものをつくる姿を、子どもたちは言葉も理解できない小さなころから間近に見ていたはずです。仕事の存在や毎日の糧の必要性がこれほどまでに子どもの生活から切り離された時代はなかったのではないでしょうか。
仕事とは何なのか、お金はどうして必要なのか。そういう難しい問題には私も答えられません。それらはもしかしたら言葉で表現できるものではないのかもしれません。でも、仕事をする姿勢、お金に対する態度は、ひとりの大人として子どもの前でも示していかなければいけないのではないかと思います。どんなに忙しいパパでも、いや忙しいパパこそ、それを伝えなければいけないのではないでしょうか。
自分が働いているところを直接見せてあげられないなら、たとえばお寿司屋さんの手仕事を見せてあげるのもいいでしょうし、商店街の八百屋さんの商売トークを聞かせてあげるのもいいでしょう。そういうパパ友がいたら、ぜひ社会科見学をさせてもらいましょう。
ただ漠然とお寿司を食べたり、野菜を買ったりするのではなく、彼らが仕事としてその場にいて、プロとして自分たちに接してくれていることをそれとなしに伝えるのです。そして、決してパパには彼らのまねはできないことや、パパだって誰にもまねのできない仕事をしていることも、なにげなく伝えてみてはどうでしょう。
たとえば、私が新米パパ時代、こんなことがありました……。以下、約15年前の連載に掲載されていたエピソードです。
おこづかいはPriceless(チビ6歳・ヒメ3歳、15年前当時)
「ウルトラマンの怪獣の人形欲しいなぁー」
ねだるでもなく、計画的に得ようとするでもなく、つぶやくチビを見て、「そろそろ、おこづかいやってみようかな?」と思った。
「パパのカメにエサをあげてくれたら50円あげるからさ。それでおこづかいを貯めて欲しいものを買えば?」
怪獣のお人形は840円だから、1回50円のお手伝いなら17回お手伝いしなければいけないことになる。
カメのエサやりごときに50円は高すぎるが、頑張れば報酬がもらえて、それを貯めれば欲しいものにも手が届くってことを教えるためにはちょっと金額は高めでもいいかなと思っての設定。
だって、5円や10円じゃなかなか貯まらなくて、すぐイヤになっちゃうでしょ。最初は高めの設定でも、あとから設定を引き下げればいい。ある程度年齢のいった子どもには通用しないけど、チビにはまだそれが通用する。
実際、テーブルのふきんかけをするときに「これやるからおこづかいちょうだい」と言うから「こんなことで、おこづかいはあげられないよ」と言い返すと「1円でもいいから」とチビは食い下がる。
「1円ならいいか」と1円をあげると、チビは大喜び。「これでおこづかいが251円になった!」とか言いながらウルトラマンの貯金箱に1円玉を入れる。
100円も1円も変わらない。報酬を得る喜びを味わっているらしい。けなげなもんだ。
そうして例の怪獣は半月ほどで手に入れた。
生まれて初めて自分のおこづかい、いや、稼ぎで欲しいものを手にした。
それからチビは自分で仕事を見つけては報酬を得ようとする。なかなかの商売人だ。
しかし、稼いだお金をなんでも好きに使えるようにはしていない。
お金を使うときにはパパかママに使い方を相談する。それもルール。
「なんで、ボクのお金の使い方を自分で決めちゃいけないの?」チビが不服そうに言う。
「なんでも欲しいものを買ってしまったのではお金はすぐになくなっちゃうんだ。本当に欲しいものは何かな?本当に必要なものは何かな?ってよーく考えてから使わなきゃいけないんだ。でも、それはとっても難しいことなんだ。大人でも間違えちゃう。たくさんお金をもっている大人が使い方を間違えちゃって住む家までなくしちゃうことだってあるんだぞ。パパやママだって間違えることがある。だから、チビはパパやママといっしょに少しずつお金の使い方を練習しなきゃいけないんだ。そのためのおこづかいなんだぞ」と、ちょっと難しいかなと思う説明をしてみた。
「そうか、それならわかった」チビは素直に納得してくれた!
休日のお買い物のとき、チビが「ジュースを飲みたい」と言い出した。
「おうちに帰ってからお茶を飲もうよ」と説得するが、聞かない。しまいには「自分のおこづかいで買うからいい!」と言い出した。
「そうやって、目の前の欲しいものをすぐに買っているとお金は貯まらないよ。あとでもっと大きなものが欲しくなったときに買えないんだよ。それでもいいならジュースを買いなさい」と、僕は話した。
チビはその日、ジュースを買った。それは、パパと相談したうえで、チビが選んだお金の使い方。
「まったくしょーもないことにお金を使うなぁ」とは思いつつ、僕はその決断を尊重することにした。
そして、その直後にまたお手伝いをして稼いだお金を貯金箱に入れるとき、チビは言った。
「このお金は、また大きなお金が貯まるまで使わないようにしよう!」
チビは僕の伝えたかったことをちゃんと理解してくれていた。
パパが飼ってるカメのエサやり50円。階段のそうじ地下1階から屋上まで50円。リビングとダイニングのぞうきんがけ100円。
チビが僕の気持ちを理解してくれた喜び、Priceless!
一方僕は、飲みに行っては散財し、お金の使い方を間違え続けている。
おこづかいをいくらにするかは、小学生、中学生、高校生になっても難しい問題でした。
いや、チビは何にも言わなかったんですけど、ヒメのほうが「おこづかいが足りない」って訴えて。おこづかいって、多すぎればお金の大切さを勘違いしちゃうし、少なすぎても何もできない無力感を覚えてしまうし。
その子のその年齢なりの興味・関心・能力に応じて、ちょうどよく自己実現の手助けになるような額を渡すのが最も効果的なんだと思います。
教育ジャーナリスト。「こどもが“パパ〜!”っていつでも抱きついてくれる期間なんてほんの数年。いま、こどもと一緒にいられなかったら一生後悔する」と株式会社リクルートを脱サラ。独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を務め、現在は、子育て、教育、受験、進学、家族のパートナーシップなどについて、取材・執筆・講演活動を行う。『勇者たちの中学受験』『ルポ名門校』『不登校でも学べる』など著書は約80冊。