いまでは気鋭の教育ジャーナリストとして知られる、おおたとしまさ氏が、プライベートでは新米パパであり、仕事では駆け出しのフリーライターだった約15年前にAll Aboutで綴っていた子育てエッセイ連載「パパはチビのヒーローだ!」が、このたび『人生で大切なことは、ほぼほぼ子どもが教えてくれた。』(集英社文庫)という文庫になった。
刊行を記念して、文庫に収録されている約60本のエッセイのうち11本を厳選して連載する。All Aboutのかつての人気連載が15年ぶりの復活だ。
教育ジャーナリストが自戒の念を込めておくる現役パパへのメッセージ
【第3回】公園は大自然だ!
自然の美しさ、楽しさ、厳しさ……を教えるのもパパの重要な役割のひとつ。子どもに自然の魅力を教えたいと思ったらどうしますか?「自然と戯れよう!」というと、住んでいる都会を離れて山奥まで行くことを想像しがちですが、なにも世界遺産の原生林まで行かなくても、身近な自然を感じることはできるはずです。
子どもにとっては、天然記念物のチョウチョもモンシロチョウも同じこと。アリだって、ダンゴムシだって、よく見れば面白い。公園にあるブナの木だって、原生林のブナの木だって、近くからよく見て、触れてみれば同じ木です。
都会に自然がないなんて、大人の思い込み。たとえば東京のど真ん中だって、アゲハチョウもやってくるし、ツバメも巣をつくります。夜にはコウモリだって飛んでいるし、夏にはカブトムシだっています。都会に自然がないなんて言ったら、彼らに失礼です。
子どもはそれを知っています。身近にある小さな自然を見つけて、よーく観察します。
「パパ、見て! このお花キレイ!」
という視線の先にあるのは、アスファルトの隙間に生える名もない花。しかし、たしかにキレイです。
自宅の近くにも、ちょっと歩けば緑のある公園が見つかるでしょう。その公園にある草木の名前をどれだけ言えますか? どんな花をつけるか知っていますか? 土の中にはコガネムシの幼虫だって、ハサミムシだっていることに気づいていますか? 知ったような気になっている近所の公園でさえ、不思議であふれているのです。
身近な自然を感じる感性って、身近なしあわせを感じる感性とどこか通じるような気がします。大自然を求めて遠くに行くのもいいですが、近くにある自然に気づく感性を磨くこともそれ以上に大事なことではないかと思うのです。
たとえば、私が新米パパ時代、こんなことがありました……。以下、約15年前の連載に掲載されていたエピソードです。
わが家のベビーブーム(チビ6歳・ヒメ3歳、15年前当時)
わが家には約150の新生児がいる。
新生児といってもカマキリだけど。まもなく梅雨入りというころ、カマキリの卵が孵った(かえった)。
ひとつの卵嚢(卵の集合体)から出てくるカマキリは約150~200匹。
小さいけれど、ちゃんとカマキリの格好をしている。
小さなカマキリでも食べられる小さな虫を探さなきゃ!
「チビ、アブラムシを探そう!」
「わかった!」
朝からお庭でアブラムシ探し。
これからは毎日続く……。
150匹の赤ちゃんを養うのも楽じゃない。
「パパ、アゲハチョウの卵を見つけたよ!」
「ほんとだ! よく気づいたね」
チビがアゲハチョウの卵がついている葉っぱを見つけた。
直径1ミリにも満たない小さな卵。
ついでに孵化したばかりの幼虫も2匹持って帰ってきた。
「どこの木からとってきた?」
その幼虫が食べる葉っぱは限られている。
エサとして、同じ木の葉っぱを毎日持ってこないといけない。
チョウチョの幼虫はたった1週間で体が何倍にも大きくなる。
見ていて楽しい。
小さな子どもにもわかりやすくていい。
この前は幼稚園のお友達のお母さんに呼び止められて、「さっき、家の近くでこんな小さなカメが歩いていたから拾っちゃったんですけど、うちでは飼えないので飼っていただけませんか?」と言われた。
手に持っていたのは、生まれたばかりの銭亀だった。
ミドリガメだったら正直言ってお断りだった。
あれは手に負えない。
しかし、クサガメの子どもの銭亀だったらなんとかなる。
というより、むしろうれしい!
「いいんですか? ありがとうございます!」
急いで帰宅して、空いている水槽を準備した。
生まれたばかりのカメにはおへそがある。
まだそんな状態の子亀だから心配だったけど、人工飼料にも慣れてくれた。
これからあと何年の付き合いになるのだろう?
ちなみに、僕が7歳の時におばあちゃんに買ってもらったクサガメは、いまも実家の水槽で元気に暮らしている。
ザリガニもいる。
カブトムシの幼虫もいる。
何になるのかわからない幼虫も2匹いる。
できるだけ、チビに世話をさせるようにはしているけど、必ずしもそうもいかない。
僕がみんなの面倒を見ることになる。
まるでチビが動物園の園長で、僕が飼育係をやっているみたい。
うちにいる生き物たちは、どこかでとってきたり、拾ってきたりしたものばかり。
だから、チビはその生き物がどんな場所で生きていたのかを知っている。
だから、どんな環境を用意して、どんな世話をしてやればいいのかを説明できる。
取り返しのつくことなら、チビが興味をもったことはなんでもやらせてみたいと思ってるけど、ひとつだけ禁止していることがある。
外国産の野生動物を買うこと。
ペットショップで売られている外国のカブトムシなんかは、もともとどういう環境でどんな生き物と競争しながら生きていたのか、わかりようがない。
熱帯魚を飼うように、大人が本やインターネットで調べながら趣味として面倒を見ることはいいと思うけど、子どもにはあまりにリアリティのない生き物だと思う。
天然記念物の生き物も庭にいるムシたちも、子どもにとっては何も変わらない。
ダンゴムシだって、アリだって、よーく見れば面白い。
そのことに気づくだけで人生は豊かになる。
そのことに気づかせてくれたのは実はチビの純粋な目だ。
こんどは僕がその目をいつまでも守ってやりたい。
このとき孵ったカマキリの子どもたちは、エサはあげていたつもりなんですが、いつのまにか共食いしまくっていました。
もらってきたカメは、この5〜6年後、大雪の日に、外に置いてあった水槽にカバーをするのを忘れて、凍傷になり、次の春に死んでしまいました。
でも僕が7歳のころから飼っていて、その後、実家から引き取ったクサガメは、その大雪も生き延び、いまも仕事部屋のベランダで元気に生きています。
子どもといっしょに生き物を飼うことは楽しい経験ですが、多くの場合、彼らの寿命をまっとうさせてやることはできていないのではないかと思います。幼い子どもは捕まえた生き物をみんな家で飼いたいと言いますが、だんだんとこだわりがなくなっていくような気がします。やっぱり自然のままにしておいてあげたほうがいいということを学ぶんだと思います。
この記事の執筆者:おおたとしまさ
教育ジャーナリスト。「こどもが“パパ〜!”っていつでも抱きついてくれる期間なんてほんの数年。いま、こどもと一緒にいられなかったら一生後悔する」と株式会社リクルートを脱サラ。独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を務め、現在は、子育て、教育、受験、進学、家族のパートナーシップなどについて、取材・執筆・講演活動を行う。『勇者たちの中学受験』『ルポ名門校』『不登校でも学べる』など著書は約80冊。