All About編集部は、8月9〜17日の期間、全国10〜70代の男女197人を対象に、「歴代甲子園」に関する独自アンケート調査を実施。今回は、歴代の甲子園で「印象的だったバッター」ランキングを紹介します。
>5位までの全ランキング結果
第2位:清原和博(PL学園・大阪)
2位は、PL学園(大阪)で1年生のときから4番を打ち、1983年夏の大会から春・夏合わせて5回の甲子園に出場した清原和博さん。優勝と準優勝を2回ずつ経験し、甲子園通算13本塁打の最多記録は現在も破られていません。今大会で清原さんの次男・勝児さんがメンバー入りし、15年ぶりのベスト8入りを果たした慶應高校(神奈川)を応援するスタンドでの姿も注目されています。
回答者からは、「甲子園13本のホームラン、高知商業、中山裕章からの甲子園史上最大のホームランの印象があります」(59歳男性)、「負けそうなときに打ったホームランが忘れられないからです」(49歳男性)、「ホームラン記録はいまだ破られておらず、すごい活躍だった」(50歳女性)との声のほか、「『PL・清原』は常にバッターボックスで期待感を抱かせる選手だった。雰囲気・存在感は圧倒的だったと思う」(48歳男性)、「打席に立ったときの高校生離れした存在感が印象的だった」(56歳男性)など、存在感も圧倒的だったとのコメントが寄せられました。
第1位:松井秀喜(星稜・石川)
1位は、星稜高校(石川)で1年生で4番を任され、1990年の夏の大会から春、夏合わせて4回の甲子園に出場した松井秀喜さん。大会最大の注目スラッガーとして、主将として出場した最後の1992年夏の大会、2回戦。松井さんは、対する明徳義塾(高知)から5打席連続で敬遠され、一度もバットを振ることなく甲子園を去りました。明徳義塾の采配は議論を呼びましたが、松井さんの偉大さを誰もが実感する、球史に残る試合となりました。
「一回もバットを振らずに甲子園を去ったゴジラ。これ程まで物議を呼んだバッターはいないと思います」(42歳男性)、「5打席敬遠という唯一の経験をされたバッター」(28歳男性)との声のほか、「連続敬遠に対する精神力がすごい」(41歳男性)、「高校生とは思えない体格、そして敬遠されても心が折れずに守備に回る姿と表情に胸が熱くなった」(43歳男性)、「やはり5打席連続敬遠された大打者ということ。また試合後の松井選手のコメントも大人だなと感心させられました」(49歳男性)など、連続敬遠を耐えた試合後のインタビューでの「歩かせるのも作戦ですから」というコメントなど、松井さんの姿や発言に心を打たれたとの声も寄せられました。
※回答者のコメントは原文ママです
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この記事の筆者:福島 ゆき プロフィール
アニメや漫画のレビュー、エンタメトピックスなどを中心に、オールジャンルで執筆中のライター。時々、店舗取材などのリポート記事も担当。All AboutおよびAll About ニュースでのライター歴は5年。