緊急事態宣言が解除され、少しずつ安定を取り戻しつつある日本。コロナ離婚にコロナDVと、様々な影響を及ぼしたコロナ禍ですが、もれなく嫁姑関係にも、その脅威は降りかかっていたようです。

コロナ禍で崩れた、嫁姑の均衡

今年71歳になるかず美さん(仮名)は、40代の息子夫婦と同居を始めて、今年で15年。つかず離れずの距離を保ち、波風を立てないよう気を遣いながら暮らしてきたといいます。
 

「息子と嫁は都内の大学の同級生で、ふたりが25歳の時に結婚したんです。最初はもちろん別居していたのですが、15年前に息子が働いていた会社が倒産し、収入が不安定になったことから同居を打診されました」
 

かず美さんのご自宅は、かず美さんのご主人のご両親と一緒に住んでいた、築年数35年ほどの二世帯住宅。1階と2階で居住スペースが分かれていて、玄関も台所もお風呂もすべて別といういわゆる完全二世帯でしたが、ご主人のご両親が晩年に入った頃、介護のために1階と2階とをつなぐ階段を増設。屋内での行き来ができるようになっていたといいます。
 

「義父母が亡くなり、空いていた1階に息子たちが住むことになりました。私はもう長いこと義父母と同居していたので、息子夫婦との同居は反対だったんですよ。もういいかげん、誰かに気を遣って生きるのは嫌だって、そう思っていたんです。でも、息子夫婦がどうしても……というので、お互いになるべく干渉しないことを条件に、同居することになりました。当時は私もまだ働いていたので、息子家族と顔を合わせること自体が少なく、孫が生まれてからもほどよい距離を置いて付き合っていました」
 

そんな生活に変化が起きたのは、今年の4月のことだったと、かず美さんは振り返ります。イベント運営会社に勤めているお嫁さんが、コロナ禍で完全休業状態となり、毎日、家にいるようになったことで歯車が狂っていったのだとか。
 

「中学生になるふたりの孫たちは3月上旬から学校が休みになったので、昼ごはんや夜ごはんなど、私がつくって食べさせるようになっていたんです。まだそのころは嫁も仕事に行っていたのですが、4月からは自宅待機となりました。最初の数日は『久しぶりに長い休みがもらえたと思ってのんびりします』なんて言ってたのですが、1週間もしないうちに孫たちに対してイライラし始めるようになったんです」
 

ピリピリイライラとする母親を恐れ、孫たちは早朝からかず美さん世帯の家へ。コーンフレークや菓子パンなど、孫たちが好んで食べるものを用意して待っていたかず美さんでしたが、GWのある日、お嫁さんがものすごい剣幕で怒鳴り込んできたといいます。
 

嫁の口から飛び出した暴言に――

そのとき、かず美さんの家には、定年退職をし趣味の模型づくりに精を出すご主人と、宿題を持って2階に上ってきていたふたりの孫、そしてかず美さんの4人がおり、居間でくつろぎながらめいめいに好きなことをしていたのだそう。
 

「人間って、びっくりしすぎると口が開いて閉じられなくなるんですよ、ご存知でしたか? 孫たちにおやつを出し、夫にコーヒーを入れていたところ、嫁がドスドスと音を立てながら2階に上ってきたんです。開口一番に言われたのは『あんたたちみんな、私をバカにしている!』でした。
 

意味がわからなくてきょとんとしていると、『私が働いていないからバカにしているんだ! おまえらなんか大嫌いだ! 人を馬鹿にするのもいい加減にしろ! 同居なんかしたくなかった! おまえらが出ていけばいいだけなのに、いつまでも居座りやがって!』と。そんなことを激しい勢いで怒鳴り散らしました。夫も私も何が何やら開いた口がふさがらない状態。孫たちは『お母さん、何言ってんの? バカなの?』と。でも、それを聞いた嫁はさらに激高し、今度はとても言葉で言えないような暴言を吐きながら、居間のテーブルの上や棚の上にあった花瓶や電話機、写真立てを薙ぎ払うようにして壊し始めたんです……」
 

恐怖で何もできずに固まっていると、お嫁さんは来た時と同様にドスドスと音を立てて階下へ。割れてしまった写真立てのガラスまみれになった床を見て涙がこぼれるのを止めることができなかったというかず美さんでしたが、お孫さんからの「おばあちゃん、お母さんがごめん。俺たち、アルバイトして同じ写真立て、必ず買って返すから」という言葉に、ハッと我に返ったといいます。
 

「割れた写真立ては、私たちが銀婚式を迎えたときに息子が贈ってくれたもので、大事にしていたものでした。もちろん、孫たちには、そんなことは心配しなくていいと言いました。それから4人で後片付けをしたんです。孫たちに何か心当たりはないか聞いたところ、仕事のない不安からか、嫁はずいぶんと不安定になっていたようです。どうやら嫁は、私たちが思っていた以上に仕事人間だったらしく、仕事をしていない自分に自信が持てないようで……」
 

心療内科を勧めたことが、火に油を注ぐ結果に

「たぶん精神的に参っているのだろう……」そう思ったかず美さんは、息子さんに話をし、少しでも心が安らぐよう、心療内科に通わせるよう助言したといいます。しかしそれを聞いたお嫁さんは『私を病人にする気か!?』と、またしても激高。家にふたたび乗り込まれ、今度は作っていたお味噌汁を台所中にまき散らされてしまったそう。
 

「熱いお味噌汁がかかってしまい、私は両手とあごから首にかけて、火傷を負ってしまいました。それを見た夫は大激怒。息子を呼び付け、近日中に家から出て行くか、今すぐにでも心療内科に行くか、どちらかを選ぶよう伝えていました。孫のためにも、速やかに『お嫁さん自身が“おかしい”ということに気付くことが、何よりも大切だ』と夫は言っていましたが、私自身はそこまですることはないのでは?仕事が再開されれば、お嫁さんも以前のように戻るのでは?と思っていたんです。それを夫に伝えたところ『今後もこのようなことが起こりうるかもしれない。そのときに、他人に対して危害を加えるような人間をそばに置いておけない。コロナ禍で仕事が無い人なんてゴマンといるが、みな耐えている。嫁は精神的に病んでいるのかもしれないが、自分だけが不幸だと思って暴力をふるうような人間に対し、甘い顔はできない』と言われてしまいました」
 

翌日、ご主人は懇意の建具屋さんを呼び、1階と2階をつなぐ階段に壁を築き、出入りができないようにしてしまったといいます。その代わり孫に合い鍵を渡し、何かあった場合は玄関から来るよう言い渡したのだとか。
 

「今後どうするかは息子と嫁次第なのですが……私は母親として、息子も嫁もどちらも大切にしたいと思っていました。こうした甘さが、嫁を病気にしてしまったのでしょうか。何をすることもできないので、今はただ、孫のケアをしながら見守るだけですが、なんともやりきれなくて……」
 

痛々しい赤みが残る手首をさすりながら、途方にくれた様子で話を聞かせてくれたかず美さん。お嫁さん自身が自分の変化に気付くことができなければ、早晩にも別居となることでしょう。
 

夫婦間だけではなく、嫁姑間にもDV騒ぎを引き起こしてしまった今回のコロナ禍が、なるべく早く収束することを祈ってやみません。