点を取ることを仕事とするFWなら、「得点力不足」と言われることに悔しさを覚えるだろう。所属するクラブはもちろん、代表チームがそういった評価を下されることにも、悔しさを募らせるに違いない。セレッソ大阪に所属する柿谷曜一朗も、そんな1人のはずだ。
 

セレッソというクラブの象徴として

柿谷曜一朗(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

セレッソ大阪の下部組織で育った柿谷は、2006年にクラブ史上最年少の16歳でプロ契約を結んだ。09年途中から11年シーズン終了までJ2の徳島ヴォルティスへ期限付き移籍し、14年夏から15年末までスイス1部の名門バーゼルでプレーした時期を除いて、セレッソでプレーしている。クラブの偉大なOBであり、日本代表でも活躍した森島寛晃さんが着けた「8」を受け継いでいる彼は、セレッソの象徴的な存在と言っていいだろう。
 

プロとしてのキャリアでひと際眩しいのは、13年シーズンになる。セレッソはJ1リーグで4位に食い込み、柿谷は得点ランク3位の21ゴールを記録した。練習場を訪れる女性ファンが急増し、「セレ女」なる言葉も生まれた。
 

アルベルト・ザッケローニ監督が率いていた日本代表にも、同年7月に初めて選出された。翌14年のブラジルW杯でもメンバー入りを果たすが、日本代表でのキャリアはここで止まっている。
 

アタッカーとしての水準は国内屈指

森保一監督が率いる日本代表では、ドイツ1部のブレーメンでプレーする大迫勇也が絶対的なストライカーとして君臨している。その一方で、大迫を追いかける競争は混とんとしている。候補者は多いが、2番手も3番手も不確定だ。
 

柿谷も候補に上がっていいはずである。ボールを止める、蹴るという基本技術は高く、創造性と意外性に溢れたプレーでシュートへ持ち込んでいく。
 

ポジションの汎用性も高い。1トップでも2トップでも、2列目と呼ばれる中盤の攻撃的なポジションにも対応する。アタッカーとしての水準は極めて高い。また、29歳という年齢は、サッカー選手として円熟期に差し掛かるタイミングだ。
 

19年シーズンの初ゴールは高い技術が発揮された一撃

現時点で足りないものがあるならば、分かりやすい結果だろうか。13年の21ゴールをピークに、その後は2ケタ得点を記録していない。必ずしもストライカーのポジションで起用されなかったシーズンもあり、チームへの忠誠心から自己犠牲の気持ちが強い。自身の記録よりセレッソの結果を何よりも優先しているところがある。そうだとしても、彼のポテンシャルを考えれば1シーズン2ケタ得点は難しい要求ではないだろう。
 

19年シーズンの初ゴールは、4月5日のJ1リーグ第6節で叩き出した。ペナルティエリア外から、強烈な右足シュートで狭いスペースを打ち抜いた。思い切りの良さとセンス、それに高い技術が発揮された一撃だった。
 

6節終了時点で2勝1分3敗の11位となっているセレッソを、自らの得点やアシストで勝利へ導いていく。チームの順位を上げていく。その先には、ブラジルW杯以来となる日本代表の復帰も見えてくるはずだ。国際舞台で柿谷のプレーを見たい、と思う関係者やサポーターは多い。