勤務中以外は頻繁に連絡をとりあって
ずっと一緒にいなければ気がすまない「夫婦」がいる。物理的に一緒でないときは、頻繁に連絡をとりあっているのだという。筆者がこの男性・トオルさんと話している間も、しょっちゅうメッセージが入っていた。
ふたりだけで生きていくと決めたから
トオルさん(44歳)が、アキコさん(46歳)と結婚したのは10年前。友人の飲み会で知り合った。
「すごく若く見えたので、僕よりずっと年下だろうと思ったら2歳上だった。ふたりで食事に行ったりするようになってつきあってほしいと言ったら拒否されたんですよ。友だちでいようって。でも僕は諦めきれなくて、何度も告白した。すると彼女が『好きになるのが怖い』と言い出したんです。彼女は好きになると相手のすべてが知りたくなる、いつでも一緒にいたくなる、それで何度もフラれてきた、と」
トオルさんもつきあっているときはベッタリしたいタイプ。だから大丈夫だと説得してつきあいが始まった。
「常軌を逸した束縛をされるのかと思って覚悟していたんだけど、それほどではありませんでした。ただ、仕事のとき以外はどこで何をしているのか教えてほしいという程度。よく聞いてみたら、彼女は小さいときにお父さんを事故で亡くしているんですが、朝出ていったお父さんが夜には冷たくなっていたのが子ども心にショックだったらしいんです。だから好きになった人が今、ちゃんと元気でいるかどうかを知っておきたい気持ちが強い。それを聞いたとき、僕は彼女と結婚しようと思いました」
つきあって半年で婚姻届を出した。彼女を安心させたい一心だった。ふたりとも子どもがほしいと思ったものの1年たってもできない。検査をしたら彼女ができにくい体質だとわかった。
「彼女から離婚してほしいといわれました。他の女性となら子どもをもてるからって。冗談じゃない。僕はアキコだから結婚したんだ。養子を考えてもいいし、ふたりだけで生きていってもいい。そう言ったら彼女、号泣してましたね」
現実としてふたりとも会社員として仕事をしているから、養子をとることはむずかしい。犬も猫も昼間は見てやれない。そこでインコのつがいを飼った。
いつも互いへの思いやりを忘れずに
一緒に暮らしてわかったことがある。アキコさんは仕事ではバリバリがんばっているのに、個人的な人間関係においては、常にどこか不安を抱え、自己主張ができないのだという。
「僕との生活でも、言おうとしたことをふっと飲み込むことがよくありました。言いたいことは言ってと伝えても、彼女から言いたいことを引き出すのが大変だった。小さいころから母親が父親の役もして、小学生の彼女が4歳下の弟のめんどうを見ていたらしいので、いろいろ我慢してきたんでしょうね。自分が言いたいことを言うと周りに迷惑をかけると思いがちみたい」
そんな妻をもっと自由にしてあげたい、いつもそばにいて妻の笑顔を見たい。トオルさんはこの10年、ずっとそう思ってきた。
そういう話を聞いていると、頻繁に入ってくるメッセージにアキコさんの気持ちがこめられているようで、「うっとうしいとは思いませんか」と尋ねられなくなった。空気を察したようにトオルさんは言う。
「勤務時間以外は、できる限り連絡してという彼女の言い分に、めんどくさいなと思ったこともあります。特に会社の飲み会とか接待などのときは。ただ、これから接待だからこっちからは連絡できないと言っておいて、彼女からのメッセージはトイレで開く。既読がつけば安心するでしょうから。それはもう習慣になっているのでストレスではありませんね」
週末はふたりで出かけることが多い。子どものいない他の夫婦とテニスをすることもあるし、子どものいる友人たちとバーベキューなどで楽しむことも。
「前は子どものいる友人たちとは会いたくないと妻が言っていたんです。でも最近、ようやく吹っ切れたのか、友人の子どもたちと仲良くしていますね。友人の子と妻がメッセージのやりとりをしていて、何か相談に乗ったりもしている。子どもがいない夫婦だからこそ、できることもあるのかもしれないと話し合っています」
子どもがいないからこそ、お互いに自由でありたいと思う夫婦もいるだろう。だがトオルさんとアキコさんは、いつも一緒にいることを選んだ。一時期はふたりだけの世界に籠もりがちだったが、ふたりで一緒に外の世界との関係も持ちつつある。こういう夫婦のありようもある。