祈りの幕
三井不動産は東宝と、日本橋各所において2月25日(日)映画「祈りの幕が下りる時」の公開を記念して、抽選で映画オリジナルグッズなどが当たる「新参者気分で日本橋めぐり」キャンペーンを実施中。写真はキャンペーンのプレスリリースより(©2018映画「祈りの幕が下りる時」製作委員会)

 

ドラマと映画、両方の完成度が高い作品には、そうそう出合えるものではありません。週末、映画館の一番前の席まで埋め尽くされた『祈りの幕が下りる時』は、老若男女に支持される国民的作品と呼べそうです。
 

連続ドラマ『新参者』、スペシャルドラマ『赤い指』『眠りの森』、映画『麒麟の翼』と映像化されてきた東野圭吾原作の新参者シリーズは、映画『祈りの幕が下りる時』でフィナーレを迎えます。阿部寛演じる主人公の刑事・加賀恭一郎がなぜ人形町にこだわるのか、など、シリーズを通して散りばめられたいくつもの「なぜ」が一気につながる今回の映画は、シリーズにあふれる切なさと人間への愛しさが息づいた、かけがえのない物語となっていました。
 

最終章にも生きる、新参者シリーズの切なさと人間の愛しさ

舞台は東京日本橋。実在する観光地や名所・名店が登場し、人形町の粋と風情がが生き生きと描かれた『新参者』は2010年に放送された連続ドラマ。若き脚本家(当時)牧野圭祐と真野勝成とTBSのドラマチームによって誕生した新しいミステリーです。
 

大切に受け継がれたのは街の活気と人情味、事件に対する加賀の信念も変わることはありません。犯人を逮捕することではなく、事件の背景にある光が届かない場所に風を通すことが刑事の仕事だと考える加賀。すれ違い、綻びもつれる人間模様は厄介で、不必要に誰かを傷つけることもあります。そんな人間への哀歌と愛しさを描いてきた『新参者』から8年、さらに珠玉の切なさが映ります。
 

観客も祈り続ける、かけがえのない119分

監督は『半沢直樹』『陸王』のほか、阿部寛主演の『下町ロケット』などヒット作を手掛けてきた福澤克雄が初参戦。脚本も含め、新しいメンバーが『新参者』で描かれた人間の可笑しみを手際よく見せながら、ズケズケとモノを言う加賀恭一郎の新しい顔を浮き彫りにしていきます。
 

”泣けるミステリー”の最高傑作とされる『祈りの幕が下りる時』。加賀のマイペースぶりや溝端淳平演じる従兄弟で刑事の松宮脩平とのコミカルな会話に、クスクスするものの、号泣覚悟で臨んだことを忘れていられるのもつかの間、空気は少し少しと湿気を含み、残酷な現実を予感させます。グイグイと物語に引き込んでいく福澤監督の手腕と俳優たちの演技は、最終章にふさわしい壮大な人間ドラマをつくり上げます。


点が線へと結びつくスピード、動と静の対比、謎解きの高揚を一気に変化させるのは、松嶋菜々子演じる浅居博美の過去の風景。失意と憤りを抑制し、とてつもない重たいものが突きつけられた音のない時間に、映画の実力を痛感させられます。足し算の演出からひき算の演出へと向きを変えるその瞬間、壮絶なドラマが加速していきます。

事件を背負う人たち、事件を追う刑事、それを見守る私たち。それぞれの祈りが交差する『祈りの幕が下りる時』。それを可能にする俳優陣の演技力にも注目です。
 

壮絶な演技で物語を支える俳優たち

都会的と対角線上に座する中年女性を泥臭く演じきった中島ひろ子、剥き出しの感情と、その向こうにあるさらけ出さない過去を痛烈に見せたキムラ緑子、中年男の鬼気迫る瞬間に体当たりで臨んだ音尾琢磨。ドラマであれ映画であれ、見られ仕事である俳優の匂いをどこかに残しておきたいものですが、怪優たちは、その匂いを消し去り、人間の性だけを凄まじく見せました。完敗です。

今は亡き加賀の寡黙な父親を演じた山崎努と失踪した母を演じた伊藤蘭、二人の円熟した演技は物語を切なくやさしく包みます。

華やかな世界を駆けのぼった美しき脚本家、浅居博美を演じたのは松嶋菜々子。今にも崩れそうな儚さの上で見せる凛はみごと、重ねた年齢の尊さを感じます。博美の幼少期を演じた桜田ひより、本作に命を注ぎ込んだ小日向文世に心は大きく震えました。
 

人は嘘をつく。そして人は涙する。新参者の神髄は人間そのもの。

「嘘には3つある。自分を守るための嘘、他人をあざむくための嘘、誰かを守るための嘘だ」は、かつての加賀の言葉。『祈りの幕が下りる時』で描かれた嘘は、どんな嘘なのでしょう。その嘘に救われた人生があるとしたら。その嘘でつながれた希望があるとしたら。新参者が描き続けようとした人間の嘘に熱いものがこみ上げてきます。

人間の強さ、尊さ、愛しさを描いた感動のフィナーレ『祈りの幕が下りる時』を、ぜひ劇場で観てください。