子育て・教育政策は、一見ほぼ同じという状態!

選挙

選挙を前にすると、お住まいの自治体の選挙管理委員会発行の「選挙公報」が各世帯へ配られます。今回の2017衆議院議員選に際し、ポストに投函されていた「衆議院比例代表選出議員選挙 選挙公報」を広げた私は、各党別の子育て・教育政策を比べて読みながら、思わずつぶやきました。「保守も革新もその他も、全然大きな差が見えないなぁ……」
 

そうなのです、今回の衆院選では主たる党は全て、子育て・教育政策として「教育無償化」を前面に掲げ、保守や革新というイデオロギーによらず「オールジャパン」で教育無償化を押しているように見えます。ひねくれた見方をするならば「もしかして、教育無償化と言っておけばOKと思っているのでは?」と勘ぐってしまうほど。でもその動きを見て、「こんなにみんなで押しているということは、教育無償化とは実現可能性の高い『正しい』『良い』政策なのだろう」と、教育無償化を「絶対の正義」のように思い込んでしまうのは、ちょっと早計かもしれません。
 

教育無償化は本当に正義なの? 各党の「無償化」の中身

全ての国民が持つ義務であり権利である教育が「タダ」になると聞いて、反対する人はあまりいないでしょう。でも、家庭によって所得には格差があるという事実を前に、仮に世帯収入が数千万を超える家庭と、世帯収入が200万の家庭とで等しく教育が完全無償であったとして、それは本当に平等なのでしょうか。
 

日本維新の会は、幼児教育・私立高校・大学の授業料も無償化など、「機会平等社会を実現するための教育完全無償化」を標榜しており、一見、最も教育に関して熱い印象を受けますが、保育から高等教育まで全ての教育段階における完全無償化で機会平等が本当に実現するのか、その目的が果たせるのかというと、少々疑問が残ります。
 

■大学入学の仕組みなどとセットで考える必要がある理由
教育無償化は大学入学の仕組みなどとセットで考える必要がありそうだ(写真:PIXTA)

教育とは、どうしても競争を生みやすく、かつ人気投票のようにして学校間に入学難易度のヒエラルキーができてしまう仕組みです。特に学力による受験制度を維持するのなら、「学力の差」がなければ選抜すること自体もできないわけですから、学力の差がなくなることはありません。
 

学力ではなく、考える力などの人物本位の入試にシフトする潮流がありますが、それとて例えば「それまでの海外経験や、どれだけ教養と自ら考える力を身につけているか」などの入試評価基準がある限り、その評価軸に対応した子育てや受験準備が行われるようになるだけのこと。教育の目的、社会として育てたい子ども像などの価値観が変わらず、受験というシステムが堅持される限りは、受験トレンドが変わるだけなのです。
 

仮に教育が無償になったところで、そこへ入学する受験準備として「選ばれるために」学力差を作る塾通いや予備校通いが必要なら、これまで同様、受験準備にどれだけ時間と資金を投入できるかで、やはり学力格差が生まれてしまう。教育関係で投資される場所が、学校授業料から塾へと変わるだけです。つまり、教育の出口側となる大学入学の仕組みや、社会の価値観に手をかけずして学校教育が全て無償になっても、子ども達にとって教育機会が真の意味で平等になることはなく、また日本の教育の質の向上に直結するという考えかたも短絡的かもしれません。
 

幼児教育

十分な議論の跡が見られない完全無償化を「とりあえずの策として置いている」党は他にもあります。希望の党は「幼児保育・教育の無償化、大学における給付型奨学金の大幅拡充により、格差の連鎖を断ち切る」とし、格差の連鎖を断ち切るとのメッセージはいいのですが、そこに具体的にどのように教育の無償化が運用されるのかが見えてこず、政争のバタバタで公約を丁寧に編む時間がなかったとの印象が否めません。
 

同様に時間のなかった立憲民主党も「児童手当、高校等授業料無償化、所得制限の廃止」と、とにかく教育政策に関しては無償エリアを最大限広げておこうとの意図が見えてしまいます。教育無償化トレンドに乗った感じで、もちろん議論は十分とは言えません。
 

所得制限は実現を見据えた「冷静さ」の表れ

高所得層は負担する経済力があるのですから、国民の「義務」であり「権利」でもある教育に関しては、負担できる人は負担すべきでもある。無償化をするのなら、学ぶ意思があるのに経済的負担が理由で進学をあきらめたりしなければならない低所得家庭を対象とするほうが、他にもっとお金を使うべき部分の多い教育政策としてはより有効です。
 

自民党は「3歳から5歳まですべての子供たち、低所得世帯の0歳から2歳児の幼稚園や保育園などの費用を無償化」として、保育と幼児教育の完全無償化をうたっています。ですが、高等教育は「所得の低い家庭の子供に限った高等教育無償化」「意欲と能力のある子供たちが経済的理由により専修学校や大学への進学を諦めることのないよう、授業料の減免措置の拡充や給付型奨学金の支給額を大幅に増やすことで、真に支援が必要な所得の低い家庭の子供に限って高等教育の無償化を実現します」と、所得制限を設けています。
 

自民党の教育政策で注目すべきは「併せて徹底的な大学改革に取り組みます」との文言で、これは既に2020年度に予定されている大規模な大学入試改革を具体的に進めている与党として、明確な次世代の教育像や育てたい次世代の人材像が見えていることの表れでしょう。一方で、家庭教育支援法の制定を公約に掲げるなど、国民の道徳教育への関心を隠さないところも、「らしい」と言えるかもしれません。
 

同じく与党の公明党も、基本的に路線は一緒です。幼児教育と保育に関しては「2019年までにすべての幼児(0~5歳児)を対象とした幼児教育、保育の無償化を実現」と、全面無償化を打ち出していますが、私立高校に関して「2019年までに授業料の実質無償化(年収590万円未満)」と所得制限を設けたり、大学費用についても「給付型奨学金を2018年度の本格実施以降も、給付額・対象枠を拡充」「希望するすべての学生等への無利子奨学金の貸与」と、奨学金給付と奨学金貸与の2本立ては崩していません。
 

“教育者側”の党はどう考えているか

では、教育者の候補者や党員の多い政党では、どのような教育政策が打ち出されているのでしょうか。
 

党員や候補者に教職員組合出身者が多い社民党は「保育料や幼稚園授業料の負担軽減を図りつつ、無償化をめざす」「高等教育(大学、大学院等)の学費は、将来的に無償化を目指し、段階的に引き下げ」「奨学金は無利子を原則とし、給付型奨学金を拡大。返還中の方の負担軽減・免除策を導入」など、将来的に無償化へと繋げたい意思があるものの、時間をかけたソフトランディングを図ろうとする中に、教育者の中にも賛否があることを感じさせます。
 

ですが、「学童の量的拡大、質的拡充」「国有地等の活用などを進め、待機児童ゼロを実現。企業主導型保育所の拡大にストップをかける」「子どもの貧困と児童虐待を防止するための切れ目のない支援体制」などを掲げ、さすがに教育に関してひじょうに現場実践的で具体的な視点を持っています。
 

学校

共産党は、子育て・教育で考えうる全ての点において最も「優しい」と言える理想的な政策をものすごい熱量で並べています。教育の無償化、子どもの医療費無料化、学校給食の無償化と中学校給食の推進、保育料・幼稚園授業料の無償化、認可保育園30万人分増設による待機児童解消、児童手当の拡充、ひとり親家庭への支援強化など。ただ、どのような社会変化を予想し、それによってどのように生き残っていく子どもを育てるのかという将来観を感じさせるものではありません。
 

ただ、社民党・共産党ともに長きに渡る野党の歴史で培われたマインドもあってか、並べられた全ての理想を実現するための具体性には欠けてしまうこと、「いまそこにある具体的な救済」は見えていても、未来に向けてどういう子どもを育てるのかを提言していないのが残念です。