1:主人公は自らを「神」と信じた2歳半の女の子。だけど……?
本作の主人公は、ベルギーからやってきた外交官の父を持つわずか2歳半の女の子・アメリ。それまで「無反応」状態だった彼女が、自らを「神」と信じるようになり、まるで魔法のような世界を生きていく……というのがあらすじです。
なかなか殺伐とした始まり方に思えるところですが、そんなアメリはおばあちゃんからもらったチョコレートのおいしさのおかげで、あっさりと「人間」として落ち着きます。そして、家政婦の「ニシオさん」と、かけがえのない友情を育んでいき、多くのことを学んでいくのです。
自らを神、つまりは「世界の中心」であり絶対的な存在だと思っていた女の子が、自分を人間だと気づく、つまりは「世界の一部」となり日々を過ごしていく様が、豊かなアニメーションでつづられていることが、絶賛が相次ぐ大きな理由でしょう。
また、いじわるなお兄ちゃんを「鯉」に重ねて見たりもする、クスッと笑えるシーンもあります。それぞれが日本文化への入念なリサーチに基づいているものなので、日本人こそが「そうなんだよなあ」と納得できるのではないでしょうか。
そんなアメリの日常を見て、大人は「あの頃の自分もこんなところがあったのかも」と想像できますし、子どもも素直で生き生きとした彼女を好きになれるでしょう。ともかく、まずはエネルギーに満ち満ちた、2歳半の子どもの日常こそを楽しんでほしい作品なのです。
2:「チューブ」の意味は?実は哲学的な作品でもある
前述した通り、アメリは自らを神と信じたりするのですが、それよりも前の、映画の冒頭から自らを「チューブ」に例えることにびっくりする人は多いのではないでしょうか。原作となる小説『チューブな形而上学』は、実際に神戸で生まれたベルギー人のアメリー・ノートンによる自伝的な内容であり、そちらから哲学的な考察を繰り広げていたりもするのです。このチューブというモチーフは形而上学的かつ位相幾何学(トポロジー)的で、難解に思えるところですが、「中身が空洞で、通り抜けていくことに真理がある(あるいはない?)」と考えると分かりやすいでしょう。アメリが興味津々な「掃除機(のホース)」や、終盤に登場する「点滴」も、まさにそのチューブであり「通り抜けていくことで機能する」ものです。
とはいえ、チューブにまつわる思考はごくわずかであり、後述するように普遍的な「死」についての考えが主体なので、意味がわからなくて戸惑い続ける、ということはまずないでしょう。
3:子どもが「死」を考えて「アイデンティティ」を確立する物語でもある
楽しく彩りに満ちた日常が描かれる作品ですが、はっきりと「影」も描かれています。何しろ、舞台は1960年代の日本の神戸という「戦後」。特に家政婦のニシオさんは戦争で家族を亡くしており、とある悲しい出来事をきっかけに、「楽しい話じゃないよ」とためらいつつも、アメリに戦争の話をするのです。そのシーンで、「料理の音」が「空襲」をはじめとした「命が奪われる出来事」の恐ろしさを示す演出は秀逸でした。劇中では戦争は直接的には描かれておらず、ニシオさんや大家の「カシマさん」が吐露する気持ちなどで、あくまで「余波」として示されるバランスになっています。
日本の「死生観」を示した「お盆の灯籠流し」のシーンもあります。死者の魂を弔い、川に火を送る光景は、本作の独特の絵柄でこそ、より美しく映えます。それぞれで「死」について考えるきっかけになるというのも、本作の大きな意義でしょう。
そうした死についての思考だけでなく、アメリはニシオさんから、自分の名前につながる「雨」という日本の漢字を習い、自らを日本人だと思います。彼女はそうしたところからアイデンティティを確立していき、そして大きな「気付き」を得るのです。 だからこそ、本作は子どもの考えを甘く見ない、子どもはとてもよく考えているのだと、大人こそに気付かせる作品であると思いました。
もちろん、実際の子どもは、劇中のモノローグのように多くの言葉を扱えるわけではありません。しかし、あくまでその時点では言葉を知らないというだけで、大人と同じか、あるいはそれ以上に複雑な考え方をしているのではないか、と想像できることにも、この『アメリと雨の物語』の面白さがあります。ぜひぜひ、繰り返し見てみて、さらなる魅力も発見してほしいです。
この記事の執筆者:
ヒナタカ
映画 ガイド
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
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