「移民」に冷たいのはどっちなのか? スイスの厳格過ぎる学歴選別と、日本の曖昧過ぎる外国人政策

移民政策への関心が高まる中、受け入れや社会的責任の曖昧さに不安を感じる日本人が多いようです。ヨーロッパ在住の筆者が、対照的なオーストリアとスイスの移民政策を紹介します。(サムネイル画像出典:PIXTA)

日本で生活する外国人は増え続けている(画像出典:PIXTA)
日本で生活する外国人は増え続けている(画像出典:PIXTA)
日本でも移民政策への関心が急速に高まっています。技能実習生や留学生として、また「経営・管理ビザ」、いわゆる「難民ビザ(特定活動)」などを通じて外国籍の人が日本社会に定着する例は年々増えています。しかし「どこまで受け入れ、どこまで社会として責任を持つのか」については、いまだ曖昧さを残したままです。

この疑問を考える上で、オーストリアとスイスの対照的な移民政策をひも解いてみましょう。

オーストリアは、どこで道を誤ったのか

オーストリアが旧ユーゴスラビアやトルコから外国人労働者を大量に受け入れ始めたのは、1960〜70年代の高度経済成長期でした。

当時の前提は明確で、「一時的に働き、いずれ帰国する」というもの。移民ではなく、あくまでゲストワーカーであり、定住や社会統合は想定されていませんでした。

しかし、ひとたび豊かな社会を経験した彼らは祖国に帰ろうとはしませんでした。オーストリアで生活基盤を築き、祖国から家族を呼び寄せたのちに、永住を選んだのです。

そして言語教育や社会的統合(オーストリア社会になじませること)を促す制度も整わないまま、特定地域に同じ背景を持つ移民が集中し、現地社会に融合できない「パラレル社会」と呼ばれる独自コミュニティーが形成されていきました。それはさながら、オーストリアの中に他言語・他文化・他宗教を持つ異国がいくつも誕生したかのようでした。

失業者や低所得者の多い移民コミュニティーでは治安が悪化する一方、学校にはドイツ語を理解できない児童が通うようになり、さまざまな問題が噴出しました。

学校で「クリスマスを祝えない」

象徴的なのが、学校現場の変化です。ドイツ語のできない生徒が教師やほかの生徒の負担となり、学級全体の学習進度の低下を招く事態に。

加えて、多様性への配慮から他宗教家庭の児童に遠慮し、幼稚園や小学校ではクリスマスやイースターの行事を行わない、あるいは「冬のお祭り」「春の訪れイベント」と名称を変える例が、2000年代頃から各地で増えていきました。

その結果、自国の行事を学校で体験できない子どもたちが生まれる事態となりました。配慮の名の下で、自分たちの大切にしてきた文化が消えることに不満を持ちながらも、それを公の場で唱えると、今度は「差別」と受け取られてしまいます。

問題が表面化してから、オーストリアは「ドイツ語能力、市民知識、忠誠宣誓、経済的自立、二重国籍の放棄」など帰化要件を厳格化しました。しかしそれは、すでに世代を超えて定住が進んだ後のこと。オーストリア人側が抱える、公園・駅・集合住宅でのトラブルや、騒音・ゴミ・公共マナーといった「居心地の悪さ」「体感治安」、移民側の感じる被差別意識など、すでに存在する両者の摩擦は根強く残っているようです。

スイスは、なぜ違う道を歩んだのか

一方のスイスは、1970年代にはすでにイタリア人労働者を筆頭とする外国人居住者の比率が16.7%と、昔から外国籍人口比率が非常に高い国です。

ただ、その多くは言語も文化も似通ったEU出身者であることから、就労と社会統合が比較的スムーズな層が中心といえます。加えてオーストリアとは違ったのが、「一定期間後に必ず帰国させる、家族の呼び寄せ禁止、国籍ごとの人数枠設定」などの制度を整えていたことで、これにより「労働力は確保するが、社会への根付きは防止する」「特定国籍の集中を防ぐ」という方法をとっていました。

現在では、第三国出身者(EU以外の国籍保持者)には高学歴・高技能などの厳しい条件が課され、就労段階から厳しく選別されます。

そして、帰化のプロセスには国家連邦だけでなく州や自治体が審査に関わり、面接では生活実態が細かく問われます。例えば、

「この町の音楽団の名前は?」
「この地域の牛は何色が多い?」
「自治体にある噴水の数は?」

といった具合です。これは知識テストというよりも、スイスに暮らすなかで地元といかに密接な関係を築き、溶け込む努力をしてきたかを確認されていると言えるでしょう。
「牛と言えば白黒」の日本とは違い、ヨーロッパの牛には様々な毛色や模様がある。これがスイスでは帰化する際の面接質問になることも。
「牛と言えば白黒」の日本とは違い、ヨーロッパの牛にはさまざまな毛色や模様がある。これがスイスでは帰化する際の面接質問になることも(画像は筆者撮影)

移民を受け入れる「覚悟」

スイスは移民に冷たいというよりも、迎え入れる以上は、社会として最後まで責任を持つ「覚悟」を最初から示している国だと感じます。

その証拠に、受け入れた外国人家庭の子どもたちには、福祉として無料で言語教育が施されます。これには、言語のハンディキャップからくる、

・教育現場の崩壊を防ぎ、国全体の教育水準を守る
・中等教育で脱落→低賃金・失業→社会扶助・生活保護コースへの流れを絶つ
・パラレル社会が生む「国家の分断」を回避する

という予防線の意味合いがあるようです。

実際に筆者の息子が通っていた幼稚園には語学担当や言語聴覚士(発音矯正)が在籍し、ドイツ語を母国語としない児童の社会融合を手伝っていました。

移民は便利な労働力ではなく「隣人」となる存在

オーストリアとスイスの違いは、移民を「受け入れたかどうか」ではありません。決定的に違ったのは、最初から移民を「隣人になる存在」として想定していたかどうかです。

オーストリアは、働いて帰るはずの人々が隣に住み続けることを想定しないまま、門戸を開いてしまいました。

一方スイスは、外国人労働者が帰らない可能性を前提に選抜し、移住後は支援し続けてきました。

もっとも、そこまで厳格に管理してきたスイスでさえ、「移民が多過ぎるのではないか」という不安が拭えず、外国人制限を巡る国民投票が何度も繰り返されています。

ヨーロッパが積み重ねてきたものを見ると、「移民政策に完全な成功はない」というのが率直な現実なのだと感じさせられます。

日本はいま、かつてのオーストリアとよく似た段階にあるように見えます。外国人労働者を一時的に受け入れる体裁の傍ら、定住は着実に進み、統合条件も曖昧なまま。現状が続けば、いずれ日本も「移民政策に失敗した国」として歴史に名を連ねることになりかねません。

ヨーロッパの先例を知り、その成功と失敗から学ぶこと。また、「どんな日本を作っていきたいのか」を政治家任せにせず、一人ひとりが考えていくことが大切なのではないでしょうか。
ライジンガー 真樹
この記事の執筆者: ライジンガー 真樹
オーストリア ガイド
元CAのスイス在住ライター。南米留学やフライトの合間の海外旅行など、多方面で培った国際経験を活かして、外国人の不可思議な言動や、外から見ると実はおもしろい国ニッポンにフォーカスしたカルチャーショック解説記事を主に執筆。日本語・英語・ドイツ語・スペイン語の4ヶ国語を話す。 ...続きを読む
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