熱狂の裏側で、中国が切った「最強の外交カード」
日中国交正常化で忘れてはならないのは、カンカンとランランです。中国と日本の友好関係のシンボルとして、中国から日本へオスとメス、2頭のジャイアントパンダが贈呈されました。あのとき、日本人は初めて本物のパンダを見たことになります。
パンダが東京の羽田空港にやって来たのは1972年10月28日。当時の内閣官房長官・二階堂進が空港までお迎えに行きました。
カンカンとランランに日本中が大熱狂。11月に上野動物園で一般公開されると、入園者が殺到しました。
わずか50秒程度しか見学できないのに、約2キロメートルの行列ができたほど。年間入園者数は、700万人を超える年が続きました。
中ソ関係が悪化し、文革の混乱によって経済力が低下していた1970年代前半の中国は、アメリカや日本と友好関係を結ぼうとしていました。
同じ1972年の4月にはアメリカのワシントンD.C.国立動物園に2頭のパンダが贈られています。その後に日本に来たカンカンとランランは、今日まで続く中国の対日パンダ外交のはしりでした。
中国の外交状況やどの国と仲がいいのかは、このパンダの貸与状況をチェックするとよくわかります。どこかと友好関係を結ぶ、あるいは中国が接近しようとすると、その国にパンダが行くのです。
仲のいい国にはパンダが行く。仲のよくない国にはパンダは行かない。中国の外交の基本です。
最近では、2024年に、アメリカやスペインにパンダが貸与されました。中国が接近、あるいは関係改善しようとしている証です。
また、四川省の「成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地」とフランスの「ピレネー国立公園」が協定を結びました。おそらく近いうちにフランスにもパンダを貸与するでしょう。
このように、中国が気前よくパンダを外国へ出すときは外交的に軟化しているシグナルともいわれています。
タレ目の奥は猛獣? それでも人が集まるパンダの魔力
パンダは、“友好の使者”と呼ばれ、その貸与は中国の必殺技というか、あの国だけが使えるお家芸。中国にとっては圧倒的な外交のカードです。パンダの愛らしい顔を見ると、どの国の人も表情がほころび、心温まります。そして何よりも、そこにパンダがいるだけで、動物園にはお客が集まり収入が安定します。
2000年から2024年までパンダを展示していた神戸市立王子動物園によると、パンダが来日した2000年の来園者数は198万人を記録したそうです。それ以前は100万人ベースで、その後は120〜130万人を推移しており、その数字からもパンダ効果がうかがえます。
ちなみに中国語でパンダは“熊猫(シォンマオ)”と表します。パンダは見た目の通り、基本的には温厚ですが、なにしろクマ科の動物です。中には凶暴な個体もいて、野生のパンダが人を襲うという事例もありました。
人間と同じで、性格はそれぞれ違います。顔には優しそうなタレ目に見える模様がありますが、あの目をよく見てください。なかなか強烈です。
それでも世界中で愛されます。地べたに座って笹をバリバリ食べている姿を見るだけで癒されるのです。
2017年に上野動物園で生まれたシャンシャンが、アイドル級の人気だったことは記憶に新しいでしょう。
現在日本で飼育されているパンダは、日本で生まれた個体も含めて貸与扱いになっているため、シャンシャンは2023年に中国に返還されました。
最終日の観覧枠は最大2600人でしたが、事前抽選の倍率は24倍、その中でも、最後の時間帯で観覧できる最終枠は約100人で、その倍率はなんと70倍だったそうです。
羽田を発つときは、約600人が見送りに訪れています。「ありがとうシャンシャン」のボードを掲げ、涙をためている人もいました。シャンシャンの姿が見えないにもかかわらず、です。
シャンシャンが上野にいた6年弱の経済効果は、入場料からグッズまで、500億円を超えるともいわれています。 この書籍の執筆者:武田一顕 プロフィール
1966年生まれ。東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業。元TBS報道局記者。国会担当記者時代の“国会王子”という異名で知られる。また、『サンデージャポン』の政治コーナーにも長く出演し親しまれた。2023年6月退社後、フリーランスのジャーナリストに転身して活動中。大学在学中には香港中文大学に留学経験があり、TBS在職中も特派員として3年半北京に赴任していた経験を持つ。その後も年に数回は中国に渡り取材を行っている「中国通」でもある。著書に『日本人が知っておくべき中国のこと』(辰巳出版)など。



