その立派な成長の裏には、ご両親である秋篠宮ご夫妻の深い愛情と、独自の教育方針がありました。「生きた帝王教育」として実現した、12歳時のお忍び一般参賀。そして、遡ること20年前、41年ぶりの親王誕生という重圧の中で交わされた、ご夫婦のあまりに自然体な会話——。
ジャーナリスト・江森敬治氏の著書『悠仁さま』(講談社)より、悠仁さまが歩まれてきた軌跡と、それを見守るご家族の姿を抜粋して紹介します。
群衆に紛れて……12歳の悠仁さま「お忍び」での一般参賀
「誕生日にあたり、大勢の皆さんからこのように祝意を受けることを、まことにうれしく思います」私が知ったあるエピソード——。それは、2018年12月23日の出来事だった。
その日は、上皇さま(当時は天皇陛下)の85歳の誕生日を祝う一般参賀が皇居で行われていた。上皇さまは力強くこのようにあいさつした。翌2019年4月30日の天皇退位を控えていた。「平成」最後となる天皇誕生日とあって、参賀者は平成最多の8万2850人にのぼった。
宮殿・長和殿(ちょうわでん)のベランダには、上皇ご夫妻や天皇、皇后両陛下(当時は皇太子ご夫妻)、それに、秋篠宮(あきしののみや)ご夫妻と結婚前の小室眞子(こむろまこ)さん、佳子(かこ)さま姉妹が立ち、参賀者からの祝意に応えていた。
「お誕生日、おめでとうございます」
「天皇陛下、ありがとうございました」
誕生日祝いに訪れた人々は、長年にわたって、私たち国民と苦楽をともにしてきた、上皇ご夫妻への感謝と、別れを惜しむ言葉を口にした。
この参賀者の渦の中に、2025年4月から、筑波大学生命環境学群生物学類1年生となる(※書籍刊行当時)秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁(ひさひと)さまの姿があった。
生きた帝王教育。ベランダを見上げる“国民の視点”
当時、悠仁さまは12歳で、お茶の水女子大学附属小学校6年生だった。翌春、お茶の水女子大学附属中学校に進んでいる。12歳の少年の目に長和殿のベランダに立つ、祖父母や両親、姉たち、そして、伯父や伯母の姿はどのように映ったのだろうか。参賀者たちにもまれながら、人々の熱狂や上皇ご夫妻に寄せる熱い思いをどう理解したのだろう。
天皇と国民との距離の近さや皇室に対する大衆の尊敬、揺るぎない信頼などを、その少年は肌で感じ取ったはずである。
悠仁さまの強い希望で実現した皇居での一般参賀訪問だが、彼が両親たちと一緒に長和殿のベランダに立つとき、この体験と記憶は必ず、役に立つはずである。
「生きた帝王教育」とは、まさにこのことであろう。こうした機会を迷わずに許すところが秋篠宮さまの真骨頂でもある。
参賀の人波にもみくちゃにされながら、悠仁さまは多くのものをつかみ取ったに違いない。これからも国民に教えられ、育てられ、悠仁さまはより大きく成長する。



