東京五輪のヒロイン・全紅嬋選手のシンデレラストーリーの背後には、基礎教育すら受けさせてもらえず、ただ「金メダルを獲る機械」として育てられる数十万の子どもたちの姿があります。
負ければ「国家の恥」と罵られ、挫折すれば教育機会も失って農村へ帰される。中国通ジャーナリスト・福島香織氏の著書『新聞が語る中国の97%は噓である』(飛鳥新社)より一部抜粋し、中国のスポーツ英才教育が内包する、恐るべき矛盾と犠牲の構造に迫ります。
文字が読めない金メダリスト
2021年8月8日、コロナ禍のなか、東京オリンピックは無事に閉幕した。金メダルの数はアメリカが39、中国が38。中国の順位はリオデジャネイロオリンピックの3位から2位に上がり、金メダル数は大幅に増え、躍進したといっていい。このメダルの一つひとつに、それを取り巻く人間ドラマがあった。このなかで、チャイナウォッチャーとしてとりわけ胸に刺さったエピソードがある。
それは、なんといっても女子10メートル高飛び込みで、7人の審査員全員が出来栄え点10点満点を2回も出し、466.2点という圧巻の高得点で金メダルを獲得した中国の全紅嬋(ぜんこうせん)選手、14歳の物語だ。
ナショナルチーム入りしてわずか9カ月。「水花消失術」(着水の水しぶきが消える技術)と形容される、ほとんど水しぶきのない着水と美しい姿勢の演技に世界が震撼した。それ以上に揺さぶられたのは、演技後の彼女の記者会見のコメントだった。
記者からの「どのようにして、これほどパーフェクトな演技ができたか」という質問に対して、彼女はこう答えたのだ。
「練習しました。ゆっくりずっと練習したんです。私のお母さんは病気です。でも、私は(病名の)その文字をどう読むのか分からず、どんな病気かも分からず、だから、ただお金を稼いで持ち帰ろうと、たくさん稼いだらお母さんの病気も治るだろうと思いました……」
このコメントが中国で流れたとき、親孝行の模範と称賛された。彼女の幼い顔立ちや体つき、そしてたどたどしい言葉遣いが、一層、健気さを際立だたせた。
だが、もう少し冷静な人たちは、その幼さ、健気さの背後に、彼女の生きている過酷な世界を垣間見ていた。
中国のオリンピック選手の育成方法はいくつかあるが、その一つが農村の才能ある子女を幼時から引き取り、スパルタ式に鍛え上げ、ふるいにかけていく方法である。
彼女はまさに、そうしてかき集められた数万の農村の子どもたちから、鍛え抜かれて勝ち残ったオリンピック金メダリストなのだ、と。
金メダルの3分の2は農村の選手が
全紅嬋選手は2007年3月28日、広東省湛江(たんこう)市郊外の平均年収1.1万元(約22万円)という貧困状態にある農村に生まれた。5人きょうだいの3番目の2女。中国では2015年まで1人っ子政策が続いていた……ということは、彼女は幼いころ戸籍がなかったかもしれない。彼女は貧困家庭にはありがちの輟学(てつがく)童工(小学校を途中退学して労働する児童)で、働いて家計の手助けをしていた。
そこに市の体育学校コーチがやってきて、当時7歳の全紅嬋を見出した。
農村中の子どもたちに対し、基礎体力検査や身体検査を行ってから選出するのだが、このとき全紅嬋は身長120センチでありながら、垂直跳びの到達点が176センチという驚異的な跳躍力を発揮してみせた。
湛江市体育運動学校は、労麗詩(ろうれいし)ら高飛び込みの金メダリストを輩出してきた名門校だ。中国には2000にも及ぶ政府運営の全寮制体育学校があり、およそ50万人の選手が、挙国体制のもとで育成されている。
だが実のところ、各地方政府に潤沢な予算があるわけでもなく、湛江市体育運動学校は、広東省では最も貧しい体育学校だった。濁った水の露天プールで、農村からかき集められた何十人もの子どもたちが並び、ただひたすら単調に飛び込み続ける練習風景は、スポーツの英才教育をイメージする人たちの想像を裏切るものだろう。
全紅嬋は1日に陸上で200~300回もの宙返りを行い、プールでは120回前後の飛び込みを繰り返すという単調で厳しい訓練に耐えた。このようなスパルタ式の訓練法に黙って耐えられるのは、貧困状態にある農村の、我慢強い子どもたちだけだろう。
こうして1984年に中国が初の金メダルを獲得して以来、金メダルのおよそ3分の2は、農村出身の子女に支えられてきた。同時に、この挙国体制の体育学校は、農村子女の口減らし先でもあったのだ。



