中国で「普通に会食」もスパイ容疑? 改正法で全駐在員が標的になる“人質外交”の罠

2023年施行の中国「改正反スパイ法」で、誰もがスパイ容疑者に。定義が曖昧なため、通常の会食や情報交換すら処罰の対象となり得ます。アステラス製薬の事件から透ける「人質外交」の実態とは?ビジネスパーソン必読の解説。(画像出典:Shutterstock)

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アステラス製薬幹部はなぜ捕まったのか?(画像出典:Shutterstock)
通常のビジネス活動や会食、SNSの投稿までもが突然、スパイ容疑へと変わる——。2023年に強化された「改正反スパイ法」により、今や中国ではあらゆる外国人が「容疑者」となりうる事態に陥っています。

なぜ、何の変哲もない日常が罪に問われるのか? 同僚や知人による「密告」が奨励される恐るべき実態とは?

中国通ジャーナリスト・福島香織氏の著書『新聞が語る中国の97%は噓である』(飛鳥新社)から一部抜粋し、世界中の企業家を震撼させている同法の危険な実像と、習近平政権が仕掛ける「人質外交」の冷徹な戦略を浮き彫りにします。

世界中の企業家が震撼する改正反スパイ法

普通に中国で仕事をし、生活し、あるいは観光していただけなのに、ある日突然、出国禁止命令を受け、スパイ容疑で取り調べを受ける……。身に覚えのない、あるいは意識したこともない行為を理由にスパイと断罪され、10年前後の刑を受ける……。

そういう残酷な運命に巻き込まれる可能性が、中国にいるすべての外国人に及ぶようになってしまった。

2023年7月1日からパワーアップされて施行された改正反スパイ法は、予想を上回る恐ろしさだ。世界中の企業家が震撼したのも当然だろう。

まず改正反スパイ法では、法の目的として「国家安全」を守るだけでなく、「人民の利益」を守るという一文が追加された。これは当然、国家安全が指し示すよりも広い範囲を意味する。

さらにスパイ行為の対象も大幅に拡大しており、国家機密・情報に加えて「その他の国家の安全または利益に関わる文書・データ・資料・物品」に対する窃取、探索、購入、違法な提供などの行為が含まれるようになった。

「人民の利益」という言葉と考え合わせると、これはおそらく外国企業が持つ顧客データなどを想定しているのではないか、と私は見ている。

また、国家公務員に対して裏切りをそそのかしたり、誘導したり、脅迫したり、買収したりすることも、スパイ行為となる。

たとえば日本人記者や企業家が、地方官僚や取引先などを食事に誘って融通を利かせてもらったり、参考情報を得たりする行為、あるいは従来なら普通のビジネスや取材の範疇(はんちゅう)だったことも、見ようによればスパイ行為に該当するということだろう。

加えて、「重要情報インフラ施設などに対するインターネット攻撃」もスパイ行為となる。重要情報インフラ施設とは、公共通信・情報サービス、エネルギー、交通、水利、金融、電子行政サービスなどのネットワークを指す言葉だ。

普通の理解なら、いわゆるクラッキング(企業のシステムなどに不正に侵入し、情報を盗んだり、システムを破壊すること)などでこうしたネットワークを麻痺させるサイバーテロを指すということだろう。

しかし中国の場合、たとえば外国企業の中国支社が中国内のサーバーに保管している情報やネットワークに国外の本社がアクセスしたとき、この条文を根拠に、それをスパイ行為とする可能性もある。

中国当局が認定するだけで誰でもスパイに

中国内(香港も含む)で、中国の公民や組織その他を利用し、第三国に対するスパイ活動を行い、中国の国家安全に危害を及ぼす場合も、改正反スパイ法が適用される。

たとえば、北朝鮮やロシアに関する情報を中国で収集する行為などは、反スパイ法が適用される可能性がある。

さらに、スパイ行為以外の国家安全に危害を及ぼす行為を国家安全部や公安部が防止、抑止、処罰する場合についても、改正反スパイ法が適用されることになった。

これは、おそらく、デモ、抗議集会、講演、取材、ネットの書き込み、そしてSNSにおける拡散などの行為にも、この法律が適用されうるということである。早い話が、スパイ行為をやっていてもやっていなくても、当局がスパイだと疑えば、いくらでもスパイ罪に問えるということだ。

ちなみにスパイの定義については、スパイの組織やエージェントに属さなくとも、それらに協力したりすればスパイ扱いされる。また普通の民間組織や民間人でも、中国の国家安全や利益を脅かすと認定されれば、やはりスパイ扱いされうる。

仮に日本政府が、日本には諜報(ちょうほう)機関というものは存在せず、よってスパイも存在しないと主張しても無駄だ。単に中国当局が民間の組織や個人に対し、「中国の国家安全や人民の利益を脅かした」と認定すれば、スパイとすることができる。要は、中国当局が気に入らない人間を誰でもスパイとして身柄拘束できる、ということだ。

しかも、このスパイ行為を予防するために、改正反スパイ法では「人民防衛線」という表現を用いて、「人民を動員してスパイ狩りを行う」と強調している。つまり、外国企業の中国人社員、あるいは外国にいる中国国籍者も、中国にとっての「スパイ狩り」に動員されうる。

ということは、つまり密告が奨励され、協力者には報奨が与えられる。また外国企業では、自社の中国人社員から、ありもしないスパイ容疑で密告されるリスクもある。すなわち良き隣人だと思っていた中国人の同僚から、スパイだと告発されることもあるのだ。

改正反スパイ法は、こうした不条理を「法治」という建前で行うことを可能にする、実に恐ろしい残酷な法律だといえる。
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中国駐在20年のベテランがなぜ? 誰の身にも起こりうる「突然の拘束」
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