「年越しそば、ここでいい」 有名店より愛される理由。中央線で見つけた“最高峰の立ち食い”2選

「早い・安い」だけじゃない。なぜ中央線の住人は、その立ち食いそばに並ぶのか? 印南敦史著『この世界の中心は、中央線なのかもしれない。』より、中野「かさい」と西荻窪「笠置そば」を紹介。(画像:PIXTA)

(画像出典:PIXTA)
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早い、安い、味はそこそこ。そんな「立ち食いそば」の常識は、中央線には通用しません。

わずか数席の狭小店で、なぜ40年も客が途絶えないのか? 駅前のチェーン店に見えるのに、なぜ注文を受けてから生麺を茹で始めるのか? 独自のカルチャーが根付く中央線沿線には、高級店顔負けの満足感を与えてくれる「名物立ち食いそば」が存在します。

印南敦史さんの著書『この世界の中心は、中央線なのかもしれない。』より、中野と西荻窪で地元民の胃袋を掴んで離さない、愛すべき2軒をご紹介します。

【中野:田舎そばかさい】おろし生姜とも相性のいい極太そば

中野駅を北口に出ると、「中野サンモール」入り口の右側に黄色い看板があることに気づくはず。駅から徒歩0分のそのお店が、40年以上前からこの地で営業を続けている『田舎そば かさい』です。

純然たる立ち食いそば屋で、のれんをくぐった正面の狭い厨房を、L字型のカウンターが囲むような構造。カウンター正面に並べるのは4人程度で、右手脇の角はかろうじて1人立てるような状態。つまり、5人程度で満員になってしまうということです。

そのため常に満員で、数人が並んでいることもしばしば。それもそのはずで、店名にあるとおりの極太の田舎そばがとてもうまいんですよ。

ともあれ、大好きな「たぬきわかめそば+生たまご」をオーダーしましょう。ちなみにカウンター右側の壁にかかったメニュー表のなかから、注文の品をチョイスするシステムです。麺の量も「並盛」「大盛」「ハーフ」から選べます。代金は、そばが出てきた時点で支払います。

さて、注文してから数十秒で、お待ちかねの「たぬきわかめそば+生たまご」がカウンターに置かれました。そばにたぬきとわかめ、ねぎがのせられ、あとからつゆをたっぷり注いでくれるので、たぬきもすっかり汁を吸っております。

でも、それがまたうまいんですよ。まずはそばを割り箸でぐいっと引き上げると、やっぱり圧倒的な太さ。いい意味でゴワゴワしており、意外とコシがあるところも頼もしく、絶妙の味わい。もちろん、鰹だしが効いたほどよい甘味のつゆとの相性も抜群です。

さらに見逃せないのが、徳島県産だという天然わかめ。肉厚で濃厚な味わいがあり、脇役以上の存在感を見せつけてくれるのです。だから僕としては、ここでそばを食べる際にはわかめをトッピングすることを強くおすすめしたいところ。なお、「……あの、私もここにおりますので……」ってな感じで控えめに見えるたまごの黄身も割れにくく、しかも濃厚なんですぜ。

つまり各メンバーが相応の個性を備えているので、それらが噛み合ったとき、ジョージ・クリントン率いるPファンク軍団のごとき圧倒的なグルーヴ感を生み出してくれるのです。

しかも、そこにゲストが加わるとさらにコズミックな奥行きが生まれることになります。そのゲストとは、ステンレスのカウンター上にちょこんと置かれたすりおろし生姜。どこかのタイミングでこれをひとさじ加えると、濃厚な味わいにスッキリとした爽快さが加わるんですよねー。

ってなわけで、ぜひ体験してみていただきたいところです。

■田舎そばかさい
中野区中野5-63-3

【西荻窪:笠置そば 西荻窪店】TBSラジオを聴きながらそばをいただく

西荻窪駅を南口に出ると斜め右側に、昭和感満載の路地が現れます。牛丼の『松屋』の角からその道を直進するとすぐ左側、丸福中華そば西荻窪店の向かいにあるのが『笠置そば』。「西荻窪店」という表記から推測できるとおり、全盛期は各地に点在していたらしいのですが、現在はここを含む数店舗しか残っていない模様です。

まず特徴的なのは、チェーン店っぽさがあまりなく、個人経営のお店に近い雰囲気であること。L字型のカウンターが奥まで続く細長い店内には、TBSラジオが流れています。

70代とおぼしきマスターは非常に快活で、奥にいるおばあちゃんと言葉を交わしながらも、決して手の動きを止めようとはしません。

カウンターの中央でどーんと存在感をアピールするガラスケースのなかには、揚げたての自家製天ぷらがズラリ。あした葉やセリ、かぶ、菜の花など他店にはあまりなさそうなものも多く、事実この天ぷらを目当てに訪れる人も多いようです。ただし、この日はにしんの気分だったので、にしんそばに生卵を入れてもらうことに(卵好き)。

ところでここは立ち食いそば屋ですが(椅子はあるタイプ)、オーダーしたらすぐ出てくるような迅速性はありません。なぜって麺は茹で置きしておらず、注文が入るたびに生麺を茹でてくれるから。

だからそれなりに時間はかかるのですが(とはいえ数分)、驚くほどコシのある、キリッとしたそばをいただけるのです。

そこで待ち時間を楽しんでいたら、「はいどうもお待たせしましたー!」というマスターの声とともに、お待ちかねの「にしんそば」が登場です。どんぶりの中央に、思っていたより大きなにしんの甘露煮がどどーん。刻んだネギの緑、卵の黄色と、色彩的なバランスもバッチリです。

卵の黄身が最初から崩れていたのはご愛敬。それはともかく、そばはやっぱり安定のクオリティ。温かいのにしっかりとコシを感じさせてくれるのです。甘めのつゆ、にしんの甘露煮との相性も抜群なので、食べているだけで幸せな気分になってきます。「そんな大げさな」といわれそうですが、そばがきちんとおいしい立ち食いそば屋は、やっぱりうれしい。

お店としても生そばには自信を持っているようで、店頭には「美味しい 生そば 5人前600エン つゆ280エン」の手書きPOPも。また時節柄(取材時は年末)、「年越そば 当店で」の文字も確認できます。

「立ち食いそば屋で年越しそば?」と感じた方の気持ちもわからないではありませんが、そんな方にはぜひ一度、ここのそばを食べてみていただきたいと思います。きっと納得できますよ。

■笠置そば 西荻窪店
杉並区西荻南3-11-7
この世界の中心は、中央線なのかもしれない。
この世界の中心は、中央線なのかもしれない。
この書籍の執筆者:印南敦史 プロフィール
1962年東京都生まれ。作家・書評家。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽誌の編集者を経て独立。ビジネスパーソンに人気のウェブメディア『ライフハッカー・ジャパン』にて「印南敦史の毎日書評」を連載。『東洋経済オンライン』『ニューズウィーク日本版』『サライ.jp 』などでも書評を担当し、年間700冊以上という読書量を誇る。『現代人のための読書入門』(光文社新書)、『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社、のちPHP文庫)など読書、文章術関連書籍のほか、音楽系書籍やエッセイなども多数執筆。
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