知識人は絶望、大衆は熱狂。習近平が「たった2文字」のスローガンで支持されるカラクリ

「安全」というたった2文字が、中国国民を熱狂させた。情報統制下で「わかりやすさ」を求める大衆心理と、習近平の手法。それはかつて日本を席巻した「小泉劇場」と酷似していた。(画像出典:PIXTA)

中華人民共和国主席・習近平(画像出典:shutterstock)
中国の習近平国家主席(画像出典:shutterstock)
「自民党をぶっ壊す!」。かつて日本中を熱狂させた小泉純一郎元首相のワンフレーズ政治。実は、現在の習近平の統治手法は、これと全く同じ構造にあるといいます。

複雑な問題を切り捨て、短く明快なメッセージで敵を作る──。

知識人が眉をひそめる中で、大衆だけが拍手喝采を送る「習近平劇場」のからくりとは? 武田一顕氏の著書『日本人が知っておくべき中国のこと』(辰巳出版)より、独裁者を支える「わかりやすさ」の罠について紹介します。

短く明解なメッセージ──「安全」

2022年の党大会で、習近平は新たに“安全”を政策の前面に打ちだしました。すべての政策を国内外の安全に紐づけると宣言したのです。

なぜ今、安全なのか──。

中国には欧米の価値観がどんどん広がっています。1978年から鄧小平が改革開放を行い、外資を導入することによって欧米の価値観が入ってきました。政治的には共産主義でも、経済的には資本主義を取り込まないと国民が働くモチベーションを見つけづらくなるからです。

だからといって、資本主義を取り込み過ぎると、共産党の存立意義がなくなってしまいます。

かつて、元官房長官・野中広務は中国について「今の中国は、共産主義ではなくて修正資本主義」だと喝破しました。1990年代から2010年頃までの中国の姿をよく言い当てています。

習近平は、市場経済を取り込むことにより、「はたして共産党は必要なのか」と疑う人も出てきかねない状況に危機感を覚えました。

そこで発想したのが“安全”というキーワードでした。共産党の位置付けをあらためて明確にするために「みなさんの安全を保障しますよ」と明言したわけです。

安全の担保、つまり「今、われわれはいじめられているけれど、この状況をみんなで力を合わせて克服して、いじめられない国にしよう」という内容を訴えて、いじめられないイコール“安全”だと言っているわけです。

この“安全”が、中国の国民の気持ちを掴みました。国民が最も求めていたものだったのでしょう。

なぜ“安全”というメッセージが国民の心に響いたのか。

これもおそらく、多くの人が自分の国は西側諸国にいじめられていると、顕在的であれ潜在的であれ考えているからです。国民もまた、古代からの歴史と痛めつけられた近現代史から、ルサンチマン体質になっているというのが私の分析です。

今なお諸外国を恐れているからこそ、安全を担保してくれる政治家、習近平を支持したわけです。

知識人と大衆を分けるもの

習近平政権誕生当初は、国民の多くが習を支持している状況を、私自身は意外に感じていました。

というのも、仕事の場で知り合い、会話を交わす中国人の多くが習近平の政策ややり方に批判的な立場をとっていたからです。肌感として、中国の国民の多くが習近平にネガティブな感情を持っていると認識していました。

ところが、どうやら私のそんな考えは間違いだったようです。その蒙昧を懇意の中国人が端的に醒ましてくれました。

「武田さん、あなたが付き合っている中国人は大学出の知識人でしょ」

確かに私が接する中国人は政治家や役人やマスコミ関係者が多く、彼らはみな知識人です。

「大学出のインテリ中国人は、今の習近平の政治ではやがて行き詰まると考えています。でも、多くの国民は、目の前の安全こそが大切です」とも言われました。
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インテリは絶望し、大衆は熱狂する。習近平支持の“不気味な格差”
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