高市早苗首相のこの発言が、中国の猛反発を招いています。歴代政権が避けてきた「台湾有事(中国による台湾への武力侵攻)」について、あえて踏み込んだからです。これは日本がアメリカと共に戦争当事者になる可能性を認めたことを意味します。
政治的タブーが破られた今、直視すべきは「軍事的な現実」です。
中国が台湾有事で選ぶのは、米軍を避ける道か、それとも——。防衛省シンクタンクの第一人者・高橋杉雄氏の著書『日本人が知っておくべき自衛隊と国防のこと』(辰巳出版)より、高市発言の核心ともいえる「対米先制攻撃」の可能性を解説します。
米軍を「叩く」か「避ける」か——中国の2つの選択肢
台湾有事については、大きく分けて2つのシナリオがあるといわれています。中国は、アメリカへの攻撃を回避して台湾攻撃だけに集中するのか、それとも最初にアメリカを攻撃するのか、です。
これは非常に大きな選択になります。
第1のシナリオとして、アメリカをできるだけ切り離すということであれば、最初は米軍は攻撃せず、台湾だけを攻撃するでしょう。その前段階として台湾を海上封鎖して、そこから台湾を降伏させるなり、上陸していくという展開が考えられます。
第2のシナリオは、米軍への先制攻撃を含む可能性が高くなります。中国が台湾と事を構えれば、最初はアメリカを攻撃しなかったとしても、アメリカ本土や大西洋側で展開している残りの5割の米軍が東アジアに押し寄せ、アメリカは準備万端整ったところで攻撃してくる公算が高まります。
いずれアメリカとも事を構えるなら、全戦力が集結する前に東アジアに展開している5割を叩いて戦力を削っておこう、と考えるのが軍事的に合理的です。ですから2つのシナリオのうち、対米先制奇襲が選択される可能性は低くありません。
対米先制奇襲の可能性を無視できない理由は、もう1つあります。中国は確実に、ウクライナ戦争から学んでいるのです。
今回、米軍はウクライナ軍の戦闘には参加していませんが、情報の提供や武器の供給などで、戦況に大きく影響しています。これがなければウクライナ軍はすでに負けていてもおかしくありませんでした。
直接参戦しなくても、アメリカはここまでのことができるわけです。台湾に対しても、有事の際には同じ支援を展開するかもしれません。そう考えると、やはり最初に叩いたほうがいいという結論に達するでしょう。
台湾有事が発生した場合にどういう状況になるかというと、どちらのシナリオでも中国はおそらく航空優勢をとれるので、上陸作戦は可能です。
上陸作戦の「兵力不足」が招く、在日米軍への攻撃
しかし、本題はここからです。歴史的に見て、敵対的な国を占領するには人口50人あたりに1人の兵士が必要だといわれています。上陸作戦はできても、台湾の人口が約2000万人ですから、台湾全土を制圧するためには40万人の兵力が必要という計算になります。
中国陸軍は強大ですから、十分に40万人の兵力を用意することができます。しかし40万人もの大軍を台湾まで渡らせるのは至難の業で、現実的に上陸できる兵力は10万程度でしょう。
ですから、台湾全体を占領するのは難しく、地上戦が続くことになるでしょう。そこに米軍がどのタイミングで介入してくるのか、どのように介入してくるのか、米軍の地上兵力の投入があるのかなど、勝敗を決めるいくつもの分水嶺があります。
そうした不確定要素を少しでも排除しておくため、中国は台湾上陸前に東アジアに展開する米軍に攻撃を行う可能性が高いと考える向きがあります。
米軍が攻撃対象となるだけで、日本にとっては重大事と言えるでしょう。台湾有事が現実になれば、日本も苦しい選択を突きつけられることになってくるのです。 この書籍の執筆者:高橋杉雄 プロフィール
防衛省のシンクタンクである防衛研究所防衛政策研究室長。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。専門は国際安全保障、現代軍事戦略論、核抑止論、日米関係論。日本の防衛政策を中心に研究・発信する、我が国きっての第一人者。ウクライナ戦争勃発以降、テレビをはじめとした様々なメディアで日々解説を行っている。著書に『日本人が知っておくべき自衛隊と国防のこと』(辰巳出版)など。



