しかし、そのような思いを抱くのは決して特別なことではありません。『学校が合わない子どもたち それは本当に子ども自身や親の育て方の問題なのか』(前屋毅 著)では、同じような経験をし、悩み、そしてさまざまな気づきを得ながら「不登校というトンネル」を抜けてきた保護者たちの体験談が紹介されています。
今回は、その保護者たちへのインタビューから、不登校に向き合う家族の現実を見つめてみます。
わが子が不登校になった
「まったく、どうしていいかわからなくなりました」わが子が小学一年生で不登校になったという保護者は、そう言いました。
不登校は、もちろん本人にとって大きな問題です。しかし本人と同じくらい、もしくはそれ以上に保護者にとっても大きな問題なのです。
先ほどの保護者とは別の保護者も「焦りました」と言って、その理由を「私のなかでは不登校は不幸だとおもっていたからです」と説明してくれました。
その保護者自身は、なんの問題もなく小学校、中学校、高校、そして大学を経て社会人となっています。そうした自分の経験に照らしてみれば、「理屈ではなく、学校は行くもの」でしかなかった。「学校に行かない」という選択肢は、考えてもみないことでしかなかったのです。
にもかかわらず、わが子が不登校になってしまった。そのとき頭に浮かんだのは、「不幸」という言葉だけだったそうです。そして、「ひきこもり」を連想したそうです。
部屋に閉じこもって家族とすら会話もしない、とても暗いイメージでしかない。「現在は違いますが、当時の私にとってひきこもり、そして不登校はネガティブなイメージでしかありませんでした」と、その保護者は言いました。それは、子どもにとっても不幸でしかないし、家族にとっても不幸でしかない、とおもえたのです。
ついには保護者自身が精神的に病んだ状態になってしまい、仕事も辞めることになりました。「相談する相手もいないし、外出する気力も失(う)せてしまいました。子どもと二人で家に閉じこもる状態になってしまい、『このままじゃいけない』と考えつづける日々」だったそうです。
世間の目というプレッシャー
ほかの保護者からも、「仕事どころではなくなりますからね」という話を聞きました。精神的に病む状態までいかないまでも、「小学校の低学年では、自宅にひとりで残しておくわけにはいかないので、子どもの面倒をみるために仕事を辞めるしかなくなった」のだそうです。そして、不登校の子と保護者が二人で自宅にひきこもることになりました。そうやって親子でひきこもるのは、周囲の目を気にしてしまうからです。世の中の大半が不登校を「望ましいことではない」と考えているのが現状で、文科省や教育委員会、そして学校も「不登校対策」という言葉を使っていることにも、それが表れています。「望ましいことではないから対策をとらなければいけない」という発想なのです。
ある保護者が、こんな話をしてくれました。
「どうしても私が出かけなくてはいけない用事があるときは、不登校の子を近くに住むお婆ちゃんに預けていました。子どもに聞いたのですが、そういうときお婆ちゃんに『ほかの子が学校に行っている時間は外に出てはいけない』と言われていたそうです」
望ましくないことをしている孫を近所の人の目にふれさせたくない気持ちがあったからなのでしょう。それが、孫のことをおもってなのか、それとも望ましくない孫をもつ自分を守るためだったのか、そこのところはわかりません。
ただ、不登校を望ましくないとする世間への負い目があったのはたしかです。そういう世間の目を気にするからこそ、親子でひきこもることにもなります。それは、そういう世間の目と、自分たちも同じ目線で自分たちをみていたことになります。
同じような思いを、不登校の保護者は誰でも、大なり小なり経験してきています。



