
塾の夏期講習や預かりサービスの利用が増え、家庭の見えないところで子どもが大人と過ごす時間が長くなる夏休み期間。こうした状況下で保護者が知っておくべきなのが「グルーミング」という性加害の手口です。
これは、性犯罪者が子どもや家族の信頼を巧妙に得ながら、段階的に被害へと導く恐ろしい手法のこと。「いい先生」「親切な人」として長期間にわたって関係を築き、誰からも疑われることなく犯行に及ぶため、発見が極めて困難です。
この記事では、『子どもを守る新常識 性被害 セーフティガイド』(キンバリー・キング 著)から一部抜粋・編集し、保護者が警戒しておきたい「よくある手口」を紹介します。
「グルーミング」とは
性犯罪者が子どもに近づく手口を知り、その対策を探っていきましょう。「グルーミング」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。この言葉には本来、「毛づくろいする」「毛並みを整える」「手入れをする」といった意味がありますが、性犯罪における「グルーミング」は、加害者が被害者を手なづけるためにおこなう行為を指します。
狙いを定めた子どもおよびその家族と関係を築くために、加害者は意図的かつ計画的に「グルーミング」を進めていきます。相手の心を巧みに操り、本人と家族の懐に入りこむことで、自らの目的を秘密裏に果たそうとするのです。
わたしが所属するダークネス・トゥ・ライトでは、グルーミングについて次のように説明しています。
こうした相手の罠にはまらないためには、グルーミングについての理解を深めておくことが重要です。加害者らは、実際の加害に及ぶ下準備として、被害児一家との関係を長い時間をかけて深めていき、お互いに尊重すべきものである境界線をゆっくりと踏み越えてくる。
この流れは表面上、加害者と被害児(場合によっては、その子の世話をする立場にある大人たち)が徐々に打ち解けて親しくなっていくという、自然な過程に見えてしまうこともある。
界隈で広く知られた人物、高い評価を受けている人物などによっておこなわれるグルーミングは特に見抜きづらく、被害児も周辺の大人たちも、加害者の思惑どおりに信頼を寄せてしまいやすい。
グルーミングの手口
ここからは、グルーミングのさまざまな手口を解説していきます。解説の中に出てくる言葉や行動を見聞きしたら、その人物に対して注意を怠らないようにしてください。手口1. 秘密を守らせる
性被害は、幾重にも重なった秘密に隠され、水面下で進行していきます。「これは、誰にも秘密だよ」といった言葉をかけてくる大人がいたら、それは大きな危険信号、「レッドフラッグ」です。「このおやつのことは、誰にも秘密だよ。お夕飯の前に一緒にアイスクリームを食べちゃったって、ママには言わないでね」
こんな一見無害そうなやりとりから始めるのが手口です。小さな秘密、たわいない秘密を重ねていき、子どもが秘密を守れるという確信を得ると、犯罪者は、性加害を実行に移します。そして、その行為についても、これまで同様に秘密にするよう約束させるのです。
この時点までに、被害者である子どもの側に罪と恥の意識が生じてしまい、本人が自ら口をつぐんでしまうケースもあります。
手口2. 特別な友情関係にあると思いこませる
「同じものに興味がある」「共通の趣味がある」そんな切り口で子どもに近づき、「きみはほんとうにすごいね」「きみみたいな子はほかにいないよ」などと、特別扱いすることで、子どもの信頼を勝ち取ろうとします。共通の話題を楽しむ様子を見せながら、狙った子どもの心を捉えていくのです。大人が、特定の子どもと「友達」になろうとしていたら、厳重な警戒が必要です。
手口3. 二人きりの状況をつくる
どんなかたちであれ、大人と子どもが二人きりになる状況は、安全とは言えません。それが宿泊を伴うものならなおさらです。合宿やサマーキャンプなど、着替えや寝泊まりを避けることができないイベントには、常にリスクが内在していることを心に留めてください。日常生活の中でも、「二人きり」はつくれます。たとえば、習い事の先生が、レッスン後はお子さんをお宅まで車でお送りしますよ、と申し出てくれるようなことがあるかもしれません。
このときお子さんが一人なら、車内の状況は「大人と子どもが二人きり」です。純粋な親切心からの提案かもしれませんが、お断りするのが無難な選択です。
手口4. スキンシップで親愛の情を示す
頭をなでる、背中を優しくポンと叩く、さよならのあいさつと一緒にハグをする。親愛の情を示すこうした行為やスキンシップは、本来大切なことです。しかし、相手が性犯罪者となれば、話は違ってきます。こうした行為が重ねられていくうちに、狙われた子どもは相手に触られることを当然と思うようになります。加害者はそこにつけこんで、徐々に性的な接触へと進んでいくのです。
誤解のないようお伝えしておきたいのですが、保護者以外の大人からのスキンシップを、すべてグルーミングのサインだと言いたいわけではありません。わたしの知り合いの先生の中には、身体的な接触の是非について真剣に考えすぎるあまり、子どもには一切ふれないようにすると決めてしまった方もいます。
しかし、これは悲しいことだと思います。幼い子どもたちの側が、先生の手を握りたいと思ったり、おはようのあいさつと一緒に先生にハグをしたいと思ったりすることもあるはずだからです。
大切なのは、子どもがいつでもそうした接触を求めているとは思いこまないことです。
手口5. サービスやプレゼントを無償で提供する
サービスは、主に保護者に対して提示されます。「ギター教室のレッスン料って結構しますもんね。うちでよければ、無料でお子さんに教えますよ」「その時間、うちでお子さんを預かりましょうか」。そんな、一見ありがたく思えてしまうような申し出です。純粋な厚意で提供している無料のレッスンやサービスというものも、存在しないわけではありません。しかし、見返りなしに労働力の提供を申し出てくることは、それほど一般的ではないはずです。
さらに、その「無料」のレッスンやサービスが、お子さんを一人きりで預けることになるものなら、手口3(二人きりの状況をつくる)のレッドフラッグ(※危険信号)も上がります。
一方、プレゼントは、主に子ども本人に対して贈られます。贈り主は、身近な知り合いとは限りませんし、贈り物もお菓子やおもちゃなどの現物とは限りません。見知らぬ人物が、オンライン上でゲームのアイテムを送ってくるようなケースもあります。
いずれにしても、保護者の知り得ぬところで、明確な理由のないプレゼントを子どもに与えるという行為には、十分な注意が必要です。
グルーミングの一形態としての「プレゼント」は、からだにふれたり、何らかの不快な思いをさせたりといった加害に及ぶ前の下地づくりとして、何年にもわたっておこなわれることもあります。
手口6. 自尊心をくすぐる
さまざまな褒め言葉を繰り出して、狙った子どもやその家族の自尊心をくすぐる。これも、グルーミングの常套(じょうとう)手段です。公の場で、個人的に、あるいはネット上で。大人に対しても子どもに対しても、加害者たちは実に巧妙に褒め言葉を浴びせてきます。
手口7. 共感を寄せる
子どもたちも、ときには孤独を感じることがあります。その傾向が特に顕著になるのは、家庭内に不和が生じたときです。両親の別居や離婚、家族構成の変化や引越しは、子どもの心を不安定にします。そんなときの子どもは、「きみの気持ち、よくわかるよ。うちの両親もけんかばっかりだったからさ!」といった声かけに弱くなります。その言葉を発した相手が子どもを狙う犯罪者であっても、簡単に心を開き、精神的なつながりを感じてしまうのです。
これらの手口を知ることで、保護者は「なんとなく違和感がある」状況を言語化し、適切に警戒することができるようになるのではないでしょうか。
『子どもを守る新常識 性被害 セーフティガイド』では、ここでお伝えしきれなかった別の手口についても触れられています。また、今回ご紹介した各手口に対する具体的な対策も解説されているので、より効果的な対策を行いたい方は、ぜひ参考になさってください。 キンバリー・キング(Kimberly King) プロフィール
ウィーロック大学(現ボストン大学ウィーロックカレッジ)大学院教育学修士(M.S.Ed.)。自身が性被害にあったことをきっかけに、メイン大学在学中から、サンドラ・キャロン博士のアシスタントとして性被害防止活動にかかわる。幼稚園教諭として働きつつ、非営利組織「ダークネス・トゥ・ライト(Darkness to Light)」の認定ファシリテーターを務め、児童性被害予防教育の専門家として活動している。近著に『子どもを守る新常識 性被害 セーフティガイド』(東洋館出版社)がある。