「渋幕の生徒たちは、一般的なステータスよりも、自分のやりたいことを優先して進路を決定している」——卒業生のこの証言が示すように、渋幕では東大合格という看板以上に、生徒一人ひとりが自分らしいキャリアを築いていく力を身につけているようです。
実際に、現在30代の卒業生4名に集まってもらった座談会では、公務員からコンサル、海運会社へと転職を重ねる人、アフリカでODA活動に従事する人、起業家、医師と、実に多様な道を歩む姿が浮かび上がりました。彼らに共通するのは、偏差値や社会的ステータスではなく「自分の心の温度」に従って人生を選択している点です。
果たして、渋幕の教育はどのようにして生徒たちに「自分だけの道を切り拓く力」を育んでいるのでしょうか。『渋幕だけが知っている「勉強しなさい!」と言わなくても自分から学ぶ子どもになる3つの秘密』(佐藤智 著)から一部抜粋し、ご紹介します。
ステータスよりも興味を優先する生徒たち
「渋幕の生徒たちは、一般的なステータスよりも、自分のやりたいことを優先して進路を決定している子が多いように思います」と卒業生はいいます。大学だけでなく、就職先なども自分の気持ちを大事にしている人が多いように感じるそうです。
では、実際に卒業生はどのような進路を歩んでいるのでしょう。現在30代の同級生4名に集まっていただき、座談会を開催しました。
【同級生座談会】渋幕の多様性から、独自のキャリアを歩む力を得た
プロフィール(所属は取材当時)・Sさん(女性・高校から入学)…公務員→大手戦略コンサル会社→海運会社
・Yさん(男性・中学から入学)…政府開発援助(ODA)団体にてアフリカ勤務
・Kさん(男性・中学から入学)…大手保険会社→医療系会社→障がい者支援企業を創業
・Tさん(女性・高校から入学)…医師(皮膚科医)
心の温度に従い歩む渋幕生
――みなさん、どのようなキャリアを歩んできたか教えてください。Sさん:私は、現在3社目。大学卒業後は官公庁に入庁しました。高校3年生のときに、東日本大震災が起きて、そのときに何もできない自分に無力さを感じたんです。社会の役に立てるようになりたいという思いから、地域に貢献できる公務員になりました。
働いて視野が広がっていく中で、公務員だけでなく他のアプローチで社会貢献をすることができることもわかってきて。キャリアに悩み始めたタイミングで、渋幕の同級生と集まったときに、大企業に就職したけれど自身の気持ちに従って転職した友人の話を聞いて刺激を受けました。
そこで公務員とは異なる立場で社会に影響を与える力をつけていきたいと、コンサルタントになりました。
さらにその後、もともと海外で暮らしていたこともあり、「日本以外でも働きたい」という思いが強まり、それが実現できる企業に転職しました。そもそも一度公務員になると、それを辞める人は少ないのですが、誰もが自分の心に忠実に生きてもいいのかな、と今は思っています。
Yさん:僕は政府開発援助(ODA)団体の職員としてアフリカで働いています。小学校高学年のときに家族旅行で沖縄県や広島県に行き、戦争の歴史を学び、さらにイラク戦争や9・11が起こったこともあり、国際問題に興味を持ちました。渋幕を選んだのも、グローバル教育に力を入れていて、海外研修にも行くことができると知ったからです。
中学入学段階から方向性は決まっていたので、国際関係学が学べ、留学プログラムも充実している一橋大学に進学しました。一橋大学から留学している学生のブログを読んで、自分もこうなりたいと思ったんです。
Kさん:Yくんは中学入学時点から全くいっていることがぶれていないよね。先生から東大に行く選択肢も出されていなかった?
Yさん:そうそう。ギリギリまで大学を決めていなかったから、「東大に行かないのか」とはいわれた(笑)。でも、オープンキャンパスに行ったり、自分なりに調べたりして、僕は一橋大学の方が向いているな、と思ったんだよね。
ただ、大学では国際関係学は深められたのだけれど、アフリカに来て、発展途上国を支援するためには医療や農業など専門性を持っていた方がよかったかもしれないとも思うようになりました。希望の仕事には就けたけれど、自分自身にはまだ満足していません。
Tさん:私は医学部と美大のどちらを受けるか悩んでいました。渋幕は個性的で、自分の世界観をしっかり持っている人たちがたくさんいて刺激を受けました。そして、その個性をみんなが認め合っている。「人と違うから嫌」「浮いてしまう」といったことが全くなくて過ごしやすかったです。
今、医者をしていて、外来で1日何十人も多様な人と出会います。中には、想像もできないほどに過酷な環境で過ごしている方もいます。渋幕で多様な人たちと過ごすことができたことは、今の自分につながる財産になった、と思うんです。
Kさん:僕は大企業に就職した後、医療系に興味を持ち、訪問歯科診療の企業へ転職。2023年に、児童福祉・障がい者福祉を担うスタートアップを創業しました。病児保育園や精神障がいを持った方の生活支援を行っています。
中高時代から、漠然と経営者になりたいとは思っていたのですが、さまざまな経験を重ねていく中で、現在のテーマに辿りつきました。
東大を選ぶにも、「行きたい理由」が必要
――どのように進路を選んでいる人が多かったですか。Sさん:渋幕には「東大が一番いいから東大に行く」といった価値観の人はいない印象だったよね。自分の中でやりたいことを考えている人が多かったです。先生も進学先を指導することはないから、Yくんはレアケースだよね(笑)。東大にも行けるくらい成績がいいのになかなか決めないから、ヒアリングしたんだと思いますが。
渋幕は、帰国生もいたし、サッカーやピアノなど特別活動入試で入ってきた子もいたし、ダイバーシティが担保された環境だったのではないかと思います。
卒業後、同級生と会っても同じような生き方をしている人は誰もいない。話を聞くたびに色々な選択肢があることに気づかされます。渋幕卒業生と話すと、自分が本当に求めていることに素直になろうと思わせてくれます。
Kさん:僕らの時代は、東大に行く子もいたけれど、趣味を貫いてギターショップの店員になる生徒もいたりして。かっこよくて頭がよくて芸術系の大学に行った人や、医者か美容師か迷っている人もいた。やりたいことベースで考えていて、進路はすごく自由だと感じていました。色々な子がいるから、幅広い可能性に気づけたよね。
Tさん:自分の知らない選択肢を見つけたい人には渋幕は合っているよね。(Yさんのように)アフリカに行くなんて想像できないもの。そういう選択肢もあるんだ! と学べる場所なのではないかと思います。
Yさん:「自分は何者なのか」「将来どうなりたいか」をそれぞれ深く考えているからこそ、バカにすることなくお互い話ができるんじゃないかな。リスペクトしているけれど、「みんな一緒」でもない。それがすごく心地よい環境だったと思います。
自分の抱える孤独を分かち合えた
――渋幕にはどんな生徒が合っていて、どんな生徒はあまり合っていないと思いますか?Kさん:自由が嫌で、「わかりやすい道を示してくれ」という人は渋幕のよさを活かせないかもしれないですね。
Sさん:中高生当時はわからないかもしれないけれど、私は後から渋幕の環境に感謝したんですよね。私は帰国生なので、日本に戻ってきて馴染めない感覚を抱いていて。高校入学時点はとても辛いタイミングだったんです。そんなときに、人生や環境に対する苦しみをお互いに話せる同級生がいたことは自分にとって大きな支えになりました。
Kさん:中学校から進学校に入学する人は優秀ですし、恵まれた家庭で育った人が多いんですよね。でも、社会はもっと広いし、多様。会社を創り、自分が雇用する立場になって気づきましたが、自分の当たり前は全く当たり前ではないんですよ。
だから、渋幕は高校入学制度を残して、できうる限りの多様性を担保していくことがとても大事だと感じます。進学校の「エリートしか知らない状態」で生きてしまうと、社会に出て精神的に折れてしまいやすいと感じます。僕が「精神障がいを持った方の生活支援をしたい」と思ったのも、優秀な人材ゆえの危うさを感じることがあったからでもあります。
Sさん:私も多様性は大事にしてほしいと思います。6年間同じ環境にいると、その環境が当然になってしまう。高校で60名程でも、異なるバックグラウンドを持った人が入ってくることでいい刺激を生むと思うんです。そして、その多様性に救われる私のような存在もいます。
――渋幕では、多様な生徒がいることで在校中も卒業後も相互に刺激し、支え合える。卒業生の皆さんからは「みんなと同じ道」ではなく、自分の人生を切り拓くのだという力強さを感じました。 佐藤 智 プロフィール
横浜国立大学大学院教育学研究科修了。出版社勤務を経て、ベネッセコーポレーション教育研究開発センターにて、学校情報を収集しながら教育情報誌の制作を行う。その後、独立。全国約1000人の教師に話を聞いた経験をもとに、現在、学校現場の事情をわかりやすく伝える教育ライターとして活動中。最新刊は『渋幕だけが知っている「勉強しなさい!」と言わなくても自分から学ぶ子どもになる3つの秘密』(飛鳥新社)。



