卒業生たちの証言からは、驚くべき事実が浮かび上がります。
「先生からNOといわれたことがない」「干渉されない」「生徒がここまでやっていいの? と思うこともあった」——まさに、一般的な学校では考えられないほどの自由が与えられているのです。
では、その「自由」は具体的にどの程度まで保証されているのでしょうか。『渋幕だけが知っている「勉強しなさい!」と言わなくても自分から学ぶ子どもになる3つの秘密』(佐藤智 著)から一部抜粋し、その実態をご紹介します。
「先生からNOといわれたことがない」、自由だから自分で考える
渋幕では先生は生徒たちにさまざまなことを委ねています。しかし、それは簡単なことではありません。なぜならば、生徒に任せきりにする「放任」では、さまざまなことが立ち行かなくなるからです。一見「放任」に見える接し方でも、先生はつぶさに生徒のことを「観察」して、少しずつ、少しずつ、任せる幅を広げていっているのです。
英語科の後藤先生は、「中学1年生の生徒にいきなり『自調自考』をしなさいといっても、すぐには実現できません。生徒が『自調自考』できるようになっていくために、中学1・2年生は周囲の教員が手助けをし、自分で取り組む経験を少しずつ積ませます。そして、中学3年生になる頃に、手を離していきます。
『自調自考』を体験的に学んでいける環境を作っていくことは、私たちの責任だと思うのです。本校の方針とは一見逆行しているように見えるかもしれませんが、教育目標の『自調自考』に向けて成長していくためには最初は手をかけていくことが必要なのです」といいます。
生徒の中にも、先生たちのこうした姿勢に気づいている子もいるようです。卒業生はこう振り返ります。
「『放任』と悪く見る人もいるかもしれませんが、生徒がやりたいことを勝手に実行する様を、先生は遠くから眺めてくれている感覚はありました。見守られているけれど、『こうしなさい』『やめなさい』と指導されることはないので『先生がどう思うか』を意識することはありませんでした。
基本的に、大ケガの危険性などがないときは、好きなようにさせてくれます。振り返ると、一人の人間として意志を尊重し、丁寧に扱ってくれていたと感じます」
他にも、「先生からNOといわれたことがない」「干渉されない」、あるいは「ええっ! 生徒がここまでやっていいの? と思うこともあった」といった声も聞こえてきました。
大人たちが手も口も出さずにじっと観察している環境下で、子どもたちはやがて、それぞれ好きなことや興味のあることを模索し始めます。「ゆっくり育てる」結果、好奇心を育む。
近年、「主体性を育む重要性」が主張されていますが、主体性はそれを体現する時間や機会が保証されていなければ、発揮のしようがありません。渋幕の先生はこの時間や機会を与えた先に、「将来」や「進路」があると信じているのです。
迷いながら生徒と一緒に自由を創造する先生たち
学校での自由をどこまで保証するか。そこには常に葛藤がある、と田村校長はいいます。「集団の場合にはルールや決まりごとがあった方がどうしたって動きやすいです。しかし、それは生徒を枠にはめるということと同義です。だから、本来はあまりやりたくない。そして、『渋幕らしくない』とも思うのです。
ですが、日々、現場で向き合っている先生方には『ここまでは守った方がいいのではないか』という思いや心配もあります。何が正しくて何が間違っているかの線引きはないので、一緒に迷い、葛藤しながら渋幕的自由を耕しています」
後藤先生は、「何のためにこの仕事をしているのかを考えるんです」と話します。
「教員にとって最も強い願いは、『生徒それぞれに充実した人生を歩んでほしい』ということ。そのためには、高校を卒業する時点でこんな力が必要そうだと、我々大人は考えます。そのわかりやすいメッセージが『自調自考』です。生徒たちにその力を身につけてもらうにはどうしたらいいかを考えて、それぞれの先生が接し方を考えています」
渋幕の「自調自考」が軸となったあらゆる教育活動が、「キャリア教育」となっていると感じます。キャリア教育とは、「職業を知る教育」と捉えられがちですが、そうではありません。「キャリア」の本来の意味は、馬車のわだちです。
つまり、馬車のわだちのように自分なりの道を作っていくことが、キャリア教育の目的です。自調自考は大学選びや職業選択、そして、自身の人生を何に使っていくかを考える土台を作っているのです。
渋幕には多様な先生がいます。生徒との接し方も、授業の設計の仕方も全く異なります。それを一律化することはありません。
しかし、渋幕の先生すべてに共通して流れる教育の目的がある。それは、全生徒が「自分のやりたいと思ったことを実現させる」力を身につけること。その目的に向けて、「放任」するのではなく、生徒が自身の才能を発揮できるよう「観察」をして、環境を作っていくのです。 佐藤 智 プロフィール
横浜国立大学大学院教育学研究科修了。出版社勤務を経て、ベネッセコーポレーション教育研究開発センターにて、学校情報を収集しながら教育情報誌の制作を行う。その後、独立。全国約1000人の教師に話を聞いた経験をもとに、現在、学校現場の事情をわかりやすく伝える教育ライターとして活動中。最新刊は『渋幕だけが知っている「勉強しなさい!」と言わなくても自分から学ぶ子どもになる3つの秘密』(飛鳥新社)。



