さまざまな課題を抱える学校に対して、「SEL(Social Emotional Learning)」という学びのアプローチを軸に伴走支援やコーディネートを行っているのがrokuyou(ロクユー)の下向依梨さんだ。
現在、教育移住で注目が集まっているシンガポールでは10年以上前に全校導入がなされているSELだが、日本ではまだ知らない人も多い。SELは学びの土壌を耕し、人生を切りひらく力を育むアプローチだと下向さんはいう。
「ソーシャルスキル」と「感情のスキル」で学びの土台を築く

「SELとはSocial Emotional Learningの略称で、日本語で『社会性と情動の学び』と訳されます。この学びは『Social(ソーシャル)』と『Emotional(エモーショナル)』の2つの要素から構成されています。『ソーシャル』は、一般的にソーシャルスキルとも呼ばれるもので、人と良好な関係を築くための社会的能力を指します。これまでも、学校行事や部活動では他者と協力するなどのスキルを育んできたと思います」
社会で活躍していくために、社会スキルの重要性は認知されてきているだろう。では、「エモーショナル」とは何を意味しているのだろう。
「自分自身の感情や考えに気付くこと。そして、他者の心の状態を理解し、それに適切に対応する力を意味しています。この社会スキルと感情のスキルを伸ばすことが、SELの目的です」
これまで、日本では感情にフォーカスをあてた学びはあまり取り組まれてこなかったのではないか。どちらかというと、感情を制御することが重視されてきたと感じる。しかし、下向さんは、感情にふたをするのではなく、自然と湧き上がる自身の思いとうまく付き合えるようになることこそが重要だという。
「どう生きていくかを考えるとき、『自分がこちらの道を歩みたい』と自身の心に気付く自己認知の力が不可欠です。しかし、自分の心に目を向けたり自己決定をしたりする機会を積んでいないのに、急に大きな自己決定を迫られるのが現在の日本です。主体性の大切さが叫ばれていますが、自分の心への理解がない限り、本当の意味での主体性は発揮できないのではないかと思うのです」
SELで育まれる5つの力「自己理解力」「意思決定力」……
下向さんは「SELとは必要な学びに向かうための環境や土台をつくるもの」と言う。言い換えると、子どもたちが達成したいさまざまな目標に向けて、その助けとなるベースを作る学びだ。「人によって必要な学びは異なります。例えば、中学受験に向けた勉強が必要な家庭もあれば、何度も繰り返してしまう忘れ物を防ぐ学びが必要な子どももいるでしょう。目的は違えど、豊かな土壌が必要なことは共通しています。SELはあらゆる学びの土壌を耕し、人の成長の基盤となります」

1. 自分への気付きを深める力(自己理解力)
自分がどんなときにどのような感情や考えを持っているのかを理解する力。また、これから向かっていきたい方向や目標に自覚的になる力でもあります。
2. 自分の感情とうまく付き合う力(自己管理力)
自分の気持ちや状態に気付き、その感情や思考とうまく付き合う能力。アンガーマネジメントやストレスマネジメント、自分をモチベートする力なども含まれます。
3. 他者への気付きを深める力(共感力)
他者の内面に生じている気持ちを理解し、共感する力。多様性に対する深い理解や他者を尊重する力なども指します。
4. 他者と良好な関係を築く対人関係力(社会スキル)
相手の背景も含めて傾聴し、対話する力。他者との間に生じた課題を解決する交渉力や必要に応じて他者を助ける力、チームワークなども該当します。
5. 責任ある意思決定ができる力(意思決定力)
責任をもって意思決定する力。適切な選択をする力や自らの行動が招いた結果に対して責任を的確にとらえていくこと。
こうした5つの力を統合的に育み、発揮していくことが、SELの目的だ。