都会の大学附属校? 離島の公立高校? 「3年間の高校寮生活」を決断するまでの受験生親子の葛藤

都道府県の枠を越え、離島中山間地域の高校で学ぶ「地域みらい留学」。地域みらい留学の発端となった島根県立隠岐島前(どうぜん)高校に留学中のお子さんをもつ保護者の方に、進路選択の背景やその土台となる教育観を聞いた。

中学受験はせず地元の公立校に進学。高校から「離島の寮生活」へ

都道府県の枠を越え、離島中山間地域の高校で学ぶ「地域みらい留学」。現在、全国で100校あまりの公立高校が実施しており、高校進学時の選択肢の1つとして徐々に注目を集めている。そんな地域みらい留学の発端となったのが、日本海に浮かぶ隠岐島前地域唯一の高校、島根県立隠岐島前(どうぜん)高校だ。
隠岐島前高校は、日本海に浮かぶ隠岐島前地域唯一の高校。「島まるごと学校」をスローガンに、地域の魅力や課題をベースにチームで取り組む探究学習が学びの柱となる。
隠岐島前高校は、日本海の離島3島からなる隠岐島前地域唯一の高校。「島まるごと学校」をスローガンに、地域の魅力や課題をベースにチームで取り組む探究学習が学びの柱となる
一時期は廃校の危機にあった隠岐島前高校だが、「島留学」と称して全国から生徒を募集。特色ある教育と地域創生を両立する魅力化モデルは功を奏し、生徒数はV字回復した。全国から集まる多様な仲間と出会い、豊かな自然の中での生活や地域の人との交流など都会ではできない体験や挑戦ができる環境がそろっている。地域の特色を生かした探究学習に力を入れていて、課題解決型・プロジェクト型の学びは教育の視点でも新しいものだ。

東京都在住、田中美香さん(仮名)の息子の隆くん(仮名)は、島根県立隠岐島前高校の2年生だ。都内でも中学受験率の高いエリアに暮らす田中さん一家だが、隆くんは中学受験はせず、地元の公立中学校に進学した。

中学校は校長の方針もあり、生徒の自主性を重んじる自由な校風で、「本当にのびのびとした3年間だった」と田中さんは振り返る。

「息子に合った中学校でした。先生たちの授業もおもしろくて、学校生活を楽しんで満喫していたようです。実は、公立の中高一貫校の中学受験だけは検討して、親子で学校見学に行ったんです。とてもいい学校で教育内容も素晴らしいのですが、ここはうちの子には合わないなと私は感じたんです。後から聞いたら、息子もなんか違うなと感じていたみたいです。そういう感覚って、とても大事だと思うんです。地元の公立中学校を選んだのは、息子にとってはいい選択だったと思います」

悩みもがいた高校受験。都会の大学附属校? 離島の公立高校?

一度、親子で隠岐島前高校を訪れたいと考えていた田中さんだったが、隆くんが中学1年生のときにコロナ禍に突入。1年生、2年生のときはオンラインでの学校説明会などに参加するにとどまった。そして、いよいよ本格的に進路を検討する時期に。当初は、都内の大学の附属校にも魅力を感じていた。

「高校生活が大学受験のための3年間みたいになってしまうのは、嫌だなと思ったんです。受験というしがらみなしに自分がやりたいことに打ち込める、しかも大学にも行けるという点で、大学の附属校なら魅力的だなと感じていました。実際、合格できそうな高校が3校くらいあり、施設や設備も整っていて、息子も惹かれているようでした」

一方、隆くんは隠岐島前高校にも関心があり、3年生の夏休みに親子でオープンスクールに参加。そのとき隆くんは、「楽しそうなこともあるけど、島での寮生活は、大変なこともたくさんありそうだよね、と意外と冷静に見ていた」と田中さんは振り返る。

「惹かれる部分もあったようですが、絶対にここに行きたいと飛びつく感じではありませんでした。地域の人やコーディネーター、公立塾のスタッフ、寮のハウスマスターと、いろんな大人と関われるのはすごくいいけど、体験授業はそんなにおもしろくなかったとか、自然が豊かなのは魅力、コンビニがないのはまあいいかなど、隠岐島前高校のメリットとデメリットを整理していたようです」

便利で快適な東京ではない場所への“挑戦”を決断

離島の公立高校と都会の大学附属校。環境もカリキュラムもその後の進路もまったく異なる選択肢の間で、「息子はかなり迷い、苦しむ姿も見られた」と田中さん。中学校の先生にも相談しながら、ギリギリまで悩んだ末、本人の意思で受験を決めた。

「隠岐島前高校に決めたのは、『大変そうだけど、便利な東京ではない場所に挑戦したくなったから』だそうです。じつは短期間ですが息子が幼い頃に、過疎化が進んだ新潟県内の限界集落に家族で暮らしたことがありました。そこの出身の大学生に、進路選択に悩んでいた時期に親子で会っていろいろと話をしたんですが、自然のなかで暮らした原体験がある息子には思うところがあったようです。

そこは棚田が美しくて素晴らしい場所なんですが、若者がいなくて職も限られるので、親も軽々しく地元に帰って来いとは言えない状況だと。そういう話って、あふれるように人がいて便利な都会にいると、他人事になってしまいますよね。じゃあ自分がその集落に移住すれば解決する問題なのかといえば、そうでもない。その集落には、その後もときどき息子を連れて遊びに行っていたので、東京ではない場所への思いや憧れみたいなのが根っこにあったのかもしれません」

悩んだ末の決断だったが、一度決めてからは隆くんの気持ちは揺らがなかった。送り出す側も不安はなかったと、田中さんは言う。

「この子ならどこでだって輝けると思っていたので、心配はしていませんでした。もし大学の附属校を選んでいても、同じことを思ったはずです。実際に送り出して離れて暮らすようになってからは、やはり寂しくはなりましたが、大丈夫という気持ちは変わりませんね。ただ、子育てって一生続くと思っていたけれど、ほんのひとときに過ぎないんだと実感しました」

“道を踏み外したらいけない”という社会の風潮。失敗を称え合うことの大切さ

バスケットボール部に所属し、高校生活を謳歌しているという隆くん。普段は頻繁に連絡を取り合うわけではないが、帰省の際に空港まで迎えに行くと、「会った途端に、こんなことがあったあんなことがあったと、おもしろおかしく話してくれる」と田中さんは笑顔を見せる。
学園祭のフィナーレに実施される伝統行事「火の集い」。燃え上がる炎を生徒たちが静かに囲み、幻想的な空気に包まれる。
学園祭のフィナーレに実施される伝統行事「火の集い」。燃え上がる炎を生徒たちが静かに囲み、幻想的な空気に包まれる。
「神山まるごと高専や東北の高校に学校の有志プロジェクトで行ったり、著名な方が来島すると聞いて友だちと会いに行ったり、地域でボランティア活動をしたりと、いろいろと挑戦しているようです。挑戦できるチャンスがたくさんあるところがこの高校の魅力なんですが、自分からつかみにいかない限り、チャンスはチャンスで終わってしまうんですよね。

隠岐島前高校に行ったからといって、未来が拓けるわけではないということは息子にも分かってきたようなので、一歩踏み出すことを続けてほしいなと思っています。一方で、あれもこれもと抱え込みすぎるとパンクしてしまうので、自分がやりたいことを見極めたり取捨選択したりする力も身につけてくれたらと思います」
失敗の日
フィンランド発祥の「失敗の日」を学校行事としている隠岐島前高校
隠岐島前高校の取り組みのなかで田中さんがもっとも共感し、魅了されたのが、フィンランド発祥の「失敗の日」だ。

「失敗を共に称え合う学校」を学校経営スローガンに掲げており、「失敗の日」を学校行事に組み込むことで、生徒や教員が互いの失敗や踏み込み(挑戦)を称え合ってきた。隆くんは、自分が踏み込んだことを共有する場で、町の教育委員会が主催したアドベンチャーキャンプで務めた高校生ボランティアについて発表したそうだ。
失敗の日
「失敗の日」では、生徒や教員が互いの失敗や踏み込み、挑戦を称え合う
「完璧じゃないといけない、失敗しちゃいけない、道を踏み外したらいけない。最近、そういう風潮がますます強くなっていると感じます。でも、そんなことはありません。失敗したって大丈夫。そんなにキリキリしなくて大丈夫。私は声を大にしてそう言いたいので、隠岐島前高校の失敗や踏み込みを称え合うというあり方がすごくいいなと思っています」

隆くんが田中さんのもとを離れて約1年。最後に、どんな成長や変化を感じ、何を願っているかを聞いた。

「離島での生活も、ないものはないなりに楽しめるようで、もともと自然が好きなのもあって満足しているようです。高校卒業後の進路は模索中のようですが、心配はしていません。大丈夫でしょう。これからどんな世の中になるか分かりませんが、何があっても乗り越えていけるたくましさを培ってほしいと願っています」
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