日本ではここ最近、選択的夫婦別姓制度に大きな関心が寄せられていると聞きます。2017年の統計では、「夫婦が婚姻前の姓を名乗ることを希望している場合には、夫婦がそれぞれ婚姻前の姓を名乗ることができるように法律を改めてもかまわない」と答えた人の割合が42.5%(法務省)となるなど、この制度への賛成者が半数に迫る勢いです。しかし実際には、既婚女性の96%が夫姓に変更しており、国連から再三にわたる是正勧告を受けつつも、遅々として改革が進まないさまにフラストレーションを覚える人も少なくないのでは。
欧州の超保守派、スイスの苗字事情
私の居住するスイスは、男女平等の進むヨーロッパ内において珍しく保守的で、男女役割分担の故習を見かけることも稀ではありません。女性参政権が日本ですら1945年に実現されたのに対し、スイスでは1971年だったことからも、その保守ぶりは明白。では、男女同権に関しては発展途上のこの国において、夫婦の苗字選択は一体どうなっているのでしょう。調べてみると……
婚姻時、2013年以前は夫の氏が優先である。正当な利益があれば、妻の氏を称することもできる。(ウィキペディア)
さすがにこの文言には、日本人の私でも絶句しました。戦前ならいざ知らず、つい数年前まで、これほどの男女不平等がまかり通っていようとは……。
しかしながら、スイスは1988年に一度、転換期を迎えており、それまで便宜上使用されてきた結合姓(ダブルネーム)が正式に認められています。前年と比べて結合姓を選択する人は8.2%から16.3%へと倍増し、2013年にこの制度が廃止されるまでは、女性の約5人に1人がダブルネームを選択。女性が結婚後に仕事を続ける上でも便利だったため、長らくトレンドとなっていました。
そして驚くべきターニングポイントは2013年。この年に法律が以下のように改正されます。
夫婦は2013年1月1日から、婚姻時にそれぞれの苗字を保持することとする。ただし、(妻の姓、あるいは夫の姓に統一する)同一姓を選択することは可能である。これは、パートナーシップを登録した同性カップルにも適用される。(スイス連邦公式サイト)
つまり2013年以降、「婚前に特に手続きを踏まない限り、“自動的に”婚前の氏を保持する」という完全な選択的夫婦別姓が実現され、女性の使用に偏っていたダブルネームの制度も廃止されました。たった数年前まで「夫優先」云々のたまっていたスイスが、いきなり他の先進諸国に追いつくのみならず、LGBTQ(※)にまで配慮できる国家に変貌を遂げたのです。
(※)LGBTQ:レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クエスチョニングなどの性的少数者
夫婦別姓で生じる不利益とは?
この法改正により、ダブルネームとなった人は前年比で24.5%から4.1%へと激減、同姓を選択した人は48.2%から54.1%と微増、そして別姓選択者は27.4%から41.7%と、全体のほぼ半数にまで増えました。
これに関してスイス人の友人たちに話を聞いたところ、夫婦別姓の導入およびダブルネームの廃止で、不利益を被るシーンも増えたとのこと。
例えば、苗字の違う子供を自分一人で連れて旅行する際に、
- 毎回、有料の家族証明書を役所で申請する必要がある
- 空港カウンターで毎度、怪訝な顔をされる(誘拐の濡れ衣)
- 家族とみなされず、機内で離れた座席を手配される
等の煩雑な手続きや、想定外のトラブルに見舞われる可能性があるほか、
- 自分の姓を保持しているにもかかわらず、勝手にパートナーの姓で(○○夫人などと)呼ばれる
といった、日常の地味なストレスもあるのだとか。
夫婦別姓ならではの不都合が存在するのは事実ですが、それでも別姓を選択するカップルが徐々に増え、世の中に認知されてニューノーマルになった暁には、こうした不便さも解消されていくものと推察されます。スイスにとって今は厳しい過渡期でしょうが、頑張って乗り越え、先進国内の男女平等ビリ争いを脱出した先駆者として、ぜひ日本に範を示していってもらいたいと思います。