音楽で人々の心を繋いだスーパースター西城秀樹、アジアで人気のワケ

2018年に惜しまれつつ亡くなった西城秀樹さん。1972年のデビュー以来、独特のソウルフルな歌声と激しいパフォーマンスでファンを魅了した彼だったが、その人気は日本のみならず中国をはじめアジア諸国でも目を見張るものがあった。

アジア諸国で注目を集めた、西城秀樹

2018年に惜しまれつつ亡くなった西城秀樹さん。1972年のデビュー以来、独特のソウルフルな歌声と激しいパフォーマンスでファンを魅了した彼だったが、その人気は日本のみならず、中国をはじめアジア諸国でも目を見張るものがあった。

西城さんにとって初の本格的アジア進出は、1981年の「香港音楽祭」(アジアテレビ)出演。ここで大反響を得、同年中にクイーンエリザベスホールでのコンサートを成功させた西城さんはその後1985年にシンガポール、1987年に中国と、アジア各地でも大々的なコンサートを開催してゆく。

特に香港、中国での人気の盛り上がりは大きく、アクション映画「天使行動」への出演や「日中友好条約締結20周年 万里の長城野外コンサート」など、たびたび大型イベントへの招聘を受けた。今でも往時を知る世代からは、日本を代表する歌手として認知されているようだ。
 

「アイドル歌手」スタイルをいち早く伝えた、西城秀樹

生前、西城さんがバラエティー番組でお話になっていたエピソードにこんなものがある。香港のとある人気レストランに入ろうとしたところ、店前には長蛇の列。待ち客の中には、なんとあのマイケル・ジャクソンも含まれていたそうだが、店員は当然のように西城さんを優先的に店内に案内したのだという。

西城さんはこの件について「マイケルは(整形で)顔がよく変わるから気付かれてなかったんじゃないかな?」とジョークにしていたが、当時の香港でのヒデキ人気を物語るエピソードとして非常にわかりやすいエピソードだ。

西城さんがアジア諸国で人気を得た理由……それはご本人の実力はもちろんだが、1970年代に日本の音楽シーンで発達した「アイドル歌手」というスタイルをいち早く輸出したことにあると思う。

ステージ狭しと駆け回り、派手な身振り手振りで楽曲の世界観を表現するそのスタイルは、アジア諸国の音楽ファンにとってまさに「新時代」の到来だったに違いない。
 

中国のメディア、ネットユーザーにも惜しまれたヒデキ

西城さんの死は「人民日報」の電子版「人民網」など現地メディアでも大々的に報じられた。古くからのファンはもちろん、アニメ「ちびまる子ちゃん」に登場する人気スターとして、アニメ「∀ガンダム」の主題歌「ターンAターン」(1999年)を歌うアニメソング歌手として、西城さんを知る若い世代からも多くの惜しむ声があがったようだ。

まだまだ日本とアジア諸国の間のわだかまりが大きかった時代に、音楽の力で人々の心を繋いだ西城さん。その偉業にあらためて敬意を表したい。

YouTube「西城秀樹 IN 夜のヒットスタジオ」「’85 HIDEKI SPECILAL IN BUDOHKAN -For 50 Songs-」

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