海外の文化の中でも、調べているとなかなか面白いものに姓名の在り方があります。国ごとにさまざまな事情があり「へえ!」と驚いたり、「なるほど」と感心したり。知っているようで知らない、お隣の国の姓名事情を解説します。
一番多い姓は「金(キム)」
韓国統計庁人口住宅総調査2015によると、韓国に存在する姓は5582種(※1)。韓国の人口が約5,178万人(※2)であることを考えると、意外と多いと考える方もいるかもしれませんが、内訳を見てみると、金(キム)、 李(イ)、朴(パク)、崔(チェ)、鄭(チョン)、姜(カン)、趙(チョ)、尹(ユン)、張(ジャン)、林(イム)というたった10種の姓だけで全体の63.9%を占めています。
その中でも圧倒的に多い金(キム)姓は、全人口の約21%をも占めており、たとえば韓国の学校では、1クラスに何人も金さんがいるのが普通です。
たとえ同じ「金」姓でも、祖先の出身地を表す本貫がどこなのかにより氏族が異なります。そのため、金海(キメ)金(キム)氏、慶州(キョンジュ)金(キム)氏のように、韓国の人なら皆、自分の姓がどの本貫のものなのかを知っているのです。
かつて韓国には同姓同本不婚制度があり、本貫が同じ者同士は結婚できませんでしたが、1999年にこの制度は廃止され、民法が定める条件に準じていれば本貫が同じでも結婚できるようになりました。(※3)
ちなみに韓国で一般的なのは、漢字1文字(ハングル表記でも1文字)の姓ですが、稀に2文字の姓があります。南宮(ナムグン)、皇甫(ファンボ)、諸葛(ジェガル)、司空(サゴン)、鮮于(ソヌ)、西門(ソムン)等です。
名前は5文字まで
姓と名の組み合わせで最も多いのは、たとえば박서준(朴叙俊/パク・ソジュン)のように、姓1文字、名2文字の全3文字になるタイプ。고수(高洙/コ・ス)のように、名前も1文字で姓名合わせて2文字となる名前もあります。また、ハヌル(하늘/空)、ビッナ(빛나/輝く)、パダ(바다/海)など、漢字を使わないハングルだけの名前も人気です。
こうした固有語の名前の中には、박하늘별님구름햇님보다사랑스러우리(パク・ハヌルビョルニムクルムヘッニムボダサランスロウリ/朴・空星雲太陽より愛らしい)や、황금독수리온세상을놀라게하다(ファン・グムトクスリオンセサンウルノルラゲハダ/黄・金のワシ世界を驚かせる)というような、とても長い名前の持ち主もいるのです!
なかなか洒落ていますが、あまりにも長い名前は社会的に不都合があるということで、1993年に文字数を制限する法律が制定されました。現在では5文字以上(姓は含まない)の名前をつけることはできません。(※4)
改名は身近なもの?
生まれたときに命名された名前で生涯生きる人が、韓国でも大多数を占めます。2005年に大法院で姓名権を尊重し、権利の乱用や悪用でない限り、改名を許可する決定が下された(※5)ことで、改名をする人が急増しました。その年の大法院資料によると、2005年の申請数約2万9000件のうち、許可が下りたのは約2万4000件(※5)で、許可率も80%を越えています。ここ数年の年間改名申請件数は約15万件ほどあるともいわれています。
もちろん審査にはさまざまな規定があり、気楽に何度も改名できるわけではありませんが、日本のそれよりも比較的身近なものという印象があります。
改名の理由としては、女性なのに明らかに男性に使用される名前である、時代に合わない昔風の名前である、ハングルの名前から漢字のある名前に変えたい、といったものが挙げられます。中には、字画や姓名診断での結果が良くなかったという理由まであり、改名申請・許可される理由は多様です。
父方の姓、母方の姓を合わせて名字にできる?
韓国は夫婦別姓です。儒教思想に基づく父系的な家族制度を維持するためのものであり、子どもは父方の姓を継承することを当然としています。女性はその戸籍に入ることすら認められない存在とする、家父長制的な概念を内包した別姓です。
戸主性廃止に関連する民法改正案が施行された2008年からは、 婚姻届け提出時に夫婦間での合意があれば、子どもは母方の姓を名乗れるようにもなりました。ですが、現在でも子どもは父方の姓を継承するケースが一般的です。つまり韓国では、母親と子どもの姓が違うという家庭が圧倒的多数を占めています。
そういった家父長的な制度に違和感をもつ人たちの中には、父方の姓と母方の姓を合わせたものを自分の姓、子どもの姓とし、社会活動を行う人たちがいます。たとえば日本でも活躍されている文化人類学者でフェミニストの趙韓惠浄(チョ・ハン・ヘジョン)氏は、父方の姓「趙」と母方の姓「韓」を併記することで、家父長制を拒否する意思表示をしています。また、歌手のユン・ドヒョン氏は、自身の姓윤(尹/ユン)と配偶者の이(李/イ)という姓を合わせた윤이(尹 李/ユンイ)を子どもの姓としています。
ただ、韓国の現行法では、子は父方の姓を継承するのが原則とされており、上記したように婚姻時に合意があれば母の姓を選択可能ではあるものの、戸籍上で父母両方の姓を併記することは認められていません。
※1 韓国統計庁国家統計ポータルKOSIS参照・統計庁人口住宅総調査2015(5年に一度実施項目内)
※2 韓国統計庁:「2019年世界と韓国の人口現況及び展望」参照
※3 民法809条:同姓同本不婚制度は、1997年憲法裁判所が憲法不合致の決定を下し、1999年にこの民法の効力が喪失したが、8親等内の親族との結婚は現在も認められていない。
※4 大法院:名前の記載問題と関連する家族関係登録事務 家族関係登録例規第109号
※5 大法院法院行政所改名申請許可件数2005