今、本当に大切なものは何なのか、考え抜く登場人物
信念を持った主人公の圧倒的な存在感がメインの作品が目立つが、『わたし、定時で帰ります。』はそうではない。
描かれているのは、登場人物が夢を叶えるために猛進するのではなく、今を生きる私たちが大切にするべきものは何なのか、自分を失わないためにするべきことな何なのかを、懸命に考え抜く姿。そこには、私たちのアイデンティティーまでがクッキリと映りこむ新しさがある。
原作は朱野帰子の『わたし、定時で帰ります。』。働く現場のシビアなリアルを、痛さをもって描いている。社会が抱える過酷な現実を、さじ加減を間違えることなく抉りながら、明るくポップに仕上げたTBSはおみごと。スタッフのセンスと俳優陣のスキルが、すべての登場人物を輝かせ視聴者を引き込んでいる。
憧れよりも身近。支持される主人公・東山結衣
吉高由里子演じる、WEB制作会社で働く主人公の東山結衣は、定時に退社し、日課のようにハッピーアワーを楽しんでいるが、決して自己中心的な働き方をしているわけではない。効率化のための工夫と努力、職場のメンバーへの気配り……「熱弁」や「仕事できます感」にモノ言わせないスタイルは、力みがなく好感がもてる。時代にマッチしていると言えるだろう。
客観性をまとう言葉の目線はいつもフラット。コミュニケーションスキルは高いものの、理不尽なクライアントに憤ったり、父親に涙声で感情をぶつけたりする一面もあり、冷静すぎないところも親近感のポイントだ。等身大のワーキングガールを吉高由里子が伸び伸び演じている。
さりげなく伴走してくれるリーダー、種田晃太郎
仕事のスキルは高いのに、仕事量をコントロールしないワーカホリック。向井理演じる、結衣の元婚約者・種田晃太郎も視聴者を魅了している。干渉型ではなく、いざという時は助けてくれる信頼される若きリーダーを自然体で演じている向井理の魅力再発見の1作とも言えるだろう。
メンバーを見守る姿勢は結衣と似ているが、働くスタイルは全く違う。そこがいい。個性がぶつかり合うのではなく、自分にない部分を認め苦手なところをサポートし合うことで、ひとりで解決できない問題が解決できるし、ひとりでは戦えない相手と戦うこともできる。ドラマにはありがちの展開だが本作のリアリティには光るものがある。
結衣がすでに新たな恋を成就させているとわかっているものの「結衣と種田さんがいい……!」と心を乱す視聴者の盛り上がりにも注目だ。
チャーミングな登場人物たちに共感!制作4部の空気が気持ちいい
制作4部のメンバーはとても身近に感じられる。「空回りしちゃうけど一生懸命」とか「あと3年すれば、すごい仕事ができるはず」とか、視聴者の引き寄せポイントが随所にちりばめられているからだ。
全員が滑車となれる職場づくりには、それぞれが貢献し、勢いと瑞々しさを感じる。シシドカフカ、内田有紀、柄本時生、泉澤祐樹、デザイナーやデスクに座っている肩越しのメンバーまで表情豊かで、一人ひとりの想いが鮮明に伝わってくる。
その部署全体の雰囲気を丁寧に描いてきたからこそ、それぞれの個性が物語の後半に生きている。いいものをつくるためのチームのあり方や、まずは自分を大切にする姿勢といった働く地盤は固まりつつあり、社会が急ピッチではじめた意識改革のひとつの方向性も示された。
大きなうねりのなか、ネットヒーローズは羅針盤を失うのか。結衣が、種田が、制作4部が、奮闘する姿は、きっと私たちの働く明日へ大きなメッセージとなるはずだ。